川本かんとく陸上日記

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今月の日記

●1月4日(月) 279

皆さん、新年あけましておめでとうございます。
今年も走り続けたい!!ね〜っ。

15:30 大学
事務的な処理のため出勤です。
事務官の方も今日から仕事開始。
お世話になります。

17:30 帰ります。

最初の歌は「Rising Sun」2011 EXILE
勇気づけられたよね。
丹野麻美とEXILEをどう発音するかで話していました。
オヤジの川本と矢吹町出身の丹野は、どうもEXILEをちゃんと発音できていない >< 今も・・・・・


●1月5日(火) 280

8:50 大学
今日から授業開始。福島大は1月の授業は遠隔です。

で、2コマ目のサービス概論の準備。
昨日のうちに資料は準備したので、学生さんにメール配信。

4コマ目はスポーツ実習・ゴルフなので、これを急いで段取り。
アイアンのスイングについて復習。
これも急いでアップ。
完璧ですね。

夕方、東邦コーチチームと練習の打合せ。

18:30大学を出て
19:00 二本松市川本元気塾
テーマは「周りの人に好かれる」でした。
さあ、始めよう!としたとき配布されている資料が「周りの人を変える」ということが分かりました。
ありゃ〜
ということで、急遽、周りの人を変えるで話しました。
ただ・・・・90分の話しの中で30分は箱根駅伝に使ってしまいました ><

二本松からの帰りは「希望の轍」1990 サザンオールスターズ


●1月6日(水)  281

8:50 大学

2コマは、コーチング演習
これも遠隔なので、朝イチで受講生に今日の講義音源のお知らせ。

13:30 学生生活委員会
これは15:00まで

キャリア支援課と電話打合せ。

16:30 総務委員会
終わって、明日の授業準備。

トレーニングマネジメント。
スライドを見せながら講義ですが・・・音声を録音。
気がつけば、80分終了。
進んだスライドは1枚。
分かりづらい講義になってしまいました。

19:50 帰ります。

まだ水曜日だけど「Stayin' Alive:サタデー・ナイト・フィーバー」1978年 BEE GEES
ディスコで踊りたい気分ですね。
大学生の時・・・・土浦にもディスコはありました(笑)


●1月7日(木)  282

8:50 大学

午前中は・・・・疲れました。
1打目:林、2打目:会心のナイスショット、3打目:池ぽちゃ みたいな・・・・
ここで崩れてはいけない。
ゴルフやってりゃ、林も池ぽちゃもあるよね。
平常心で、池越え、グリーンオンを狙おう。

夕方、今年最初のVoicyの録音しました。

18:00 帰ります
すごい風です。

「Love Love Love」1995 DREAMS COME TRUE
ふくしま国体の年でした。国体の成功は、一生忘れない感動でした。


●1月8日(金) 283

8:50 大学

1日中、授業準備でした。
授業準備の一環で、二瓶先生のコーディネーショントレーニングのVTR撮影
・・・・ジジイは残念ながら、上手くできない ><
学生には、できるようになったら動画を送って!と課題を出していますが、
結構難しいぞ。頑張れ!!

午後に大切な電話を一本。

18:30 帰ります。

ダイアナ・ロス「If we hold on together」1988
「まけんごと、がんばらんばばい」
久々に涙が止まりませんでした。


●1月9日(土) 284

9:00 大学

遠隔授業の準備

12:30 大学を出て、郡山・開成山陸上競技場に。
東邦銀行チームの練習です。
大学の部活動は、コロナ感染拡大予防のため休止です。
研究室は、太陽光がさしてポカポカだったので・・・・暖かい!!と錯覚をしてちょっと軽装でグランドに。
いや〜郡山は、冷たかった・・・・・
久々にみんなの走る姿を見ることができて、満足でした。
今日は、このまま自宅に帰ります。

「Can’t Give You Anything But My Love」 The Stylistics 1975
こんな時代に戻りたい・・・・
天神地下街で「こいがよか!」って言われて、6,000円の指輪を買いました。


●1月10日(日) 285

8:50 大学

卒論指導と遠隔授業の準備

13:00 大学を出て信夫ヶ丘に。
東邦銀行チームの練習。
昨日と2日間でそれぞれのトレーニング進行状況を確認できました。
日本陸連リレープロジェクトのチャレンジがあるので、少しトレーニングの進行のテンポを早めます。
が・・・早く仕上げてしまうと、年間を通じて走れないのがイヤなのですが・・・・
まあ、オリンピックが開催されることを信じてやりましょう。
ただ、東京オリンピックがなくなっても、3年後にはパリがある!
今を懸命に駆け抜けるしかない。

16:00 冷えてきました。帰ります。

「Can't Take My Eyes Off You」Boys Town Gang 1982
久々にPVを観ました(みんなも観てみて!)笑いしかありません。
でも・・・・前奏と間奏は秀逸。


●1月11日(月) 286

1並びの日です。縁起は担がないけど、縁起のいいものは好きです。

9:50 大学

1月11日11時11分:今年も勝ちに恵まれますように!!祈りました。

やることが山ほどありました。
二瓶・吉田コーチと昼食。

午後もやってもやっても終わらず。
でも、Voicyは忘れずに録音。


外に出ると・・・・「雄介梅」が咲いていました。
例年より1ヶ月も早い!!きっといいことがあるよ。

「愛と青春の旅だち」ジョー・コッカー ジェニファー・ウォーンズ 1982
忘れ得ない曲です。


●1月12日(火) 287

今日の思い出の一曲は「ただお前がいい」中村雅俊 1975
高3の時のドラマ「俺たちの旅」のエンディング曲でした。
佐賀の田舎モンは、東京で暮らす大学生の生活に憧れていました。
佐賀の田舎モンは、関東は・・・・東京から横浜にかけてずっと都会だと信じていました。
当然、茨城のつくばも!
冷静に考えれば分かるのに・・・・筑波大は桜「村」にありました。
村が都会な訳はない。
でも・・・土浦は、航空隊があった所ので・・・
そう航空隊があったので、土浦駅は軍歌がガンガン鳴っていました。
まあ、そんなことはどうでもよくて、中村雅俊たちの「俺たちの旅」ですよ。
高校を卒業して、東京のおばちゃんちに最初に行ったとき
「和坊、どこか行きたか所はなか?」
「井の頭公園!」即答しました。
「俺たちの旅」の舞台になった所です。
「俺たちの旅」は、たぶん・・・・大学1年の秋までやっていたと思います。
ただ、川本の部屋にはテレビをおいていなかったので、後半はしっかり観ていないような感じもします。
もう40年以上前のことなので、記憶が霧の中です。
その頃は、日々生きること(ご飯を作って・食べる)、勉強すること・一生懸命練習することの3つだけでした。
そうじゃないだろう!という同級生達のヤジは聞こえますが・・・・
ここは、霧の中を美化しておきましょう。

加藤先生が遊びに来てくれました。


●1月13日(水) 288

今日の思い出の一曲は「ミスターサマータイム」サーカス 1978
大学3年生でした。
この夏は、何だかいつも聴いていたような気がします。
たぶん、化粧品の夏キャンペーンソングだったからですね。
永ちゃんの「時間よ止まれ」も別の化粧品のキャンペーンソングだった。
この頃は、化粧品のキャンペーンソングがヒットしていましたね。
大学3年夏は「ミスターサマータイム」と「時間よ止まれ」でした。

この年の夏の終わり、九州選手権で熊本に行くとき、博多駅で警察官に職質されました。
「この時期、大きなバッグを持った若い人は、家出もあるからねえ」
「大学3年で、20歳を越えています!」と言い返しました。
高校生くらいに間違われたことと、そもそも家出少年に間違われたことに腹が立ちました。
ただ、博多駅でキョロキョロして「田舎から出てきました」感いっぱいだったのは、間違いない。

おっと、ミスターサマータイムだった。
これは、歌詞よりはメロディーの思い出ですね。
そう、ただ聴いていただけですね。その証拠に歌詞を見ないと歌えません ><
大体、大学生がこんな歌詞好きなわけありませんね。
でも、大3の夏といえば、ミスターサマータイムですね。

映画:サタデーナイトフィーバーも観たぞ。
MEN'S CLUBに載っていた大きな斜めストライプのシャツを気合い入れて着ていた(今思えば似合っていない)笑。
↑ 
何故か、土浦でも売っていた。
この一見おしゃれなシャツは、伊万里には売っていなくて、帰省したとき、妹から「兄ちゃん、メンクラに載っている服ばすぐ買えてよかね〜」と言われた。
ネット通販なんてない時代なので、ファッション誌を眺めて「よかね〜」と言うだけの時代だった。
高校時代は、本屋で陸マガとメンクラを立ち読みしていた。
大学生になってメンクラを買えたときには、ちょ〜嬉しかった。
そのためメンクラのバックナンバーは、大学の先生になってもなかなか棄てられなかった。
この年のVANの倒産は、ショックだった。

それと、JUNのCOOL ELEGANCEと書いてあるTシャツも着ていた(笑)。
ズボンは・・・・覚えていない ><

青木はじめちゃんと夏、遊んだ博多の街。この年の博多は、大渇水だったのを思い出しました。
自由な時間がある大学生を少しだけ実感。
でも、少しだけでよかった。どんなに遊んでも、練習はしっかりやっていた。
この夏は、一人ですごーく練習したのを忘れない。→ この年、突然速く走れるようになった。
そんな思い出の映像が、ミスターサマータイムの曲と共に頭に浮かんできました。


●1月14日(木) 289

8:45スタートです。

「When will see you again」 The Three Degrees 1974

お昼過ぎに終了。
とりあえず、OKマリアンヌ。


●1月15日(金) 290

一日、長いような、短いような。

ゆっくり過ごしました。

「Don't Stop Me Now」Queen  1979


●1月16日(土) 291

忙しい午前中でした。
スタートからわずか48時間でした。凄いぞ!

午後は自宅でゆっくり。

「宇宙のファンタジー」Earth, Wind & Fire 1978
前奏だけで、ワクワクしますね。
これも大学3年生かな?なんかキラキラ輝いていたね。
冷静に振り返ると、どの時代もキラキラしている。
幸せな人生を送ってこられたと実感します。
当然、これからも!多くの出会いに感謝。
この曲を聴いていると、不思議と小学校からの同級生の顔が次々と浮かんできました。


●1月17日(日) 292

1日、何もせず、自宅でゆっくりしました。

「イメージの詩」 よしだたくろう 1970
古い船には新しい水夫が乗り込んで行くだろう
古い船をいま 動かせるのは古い水夫じゃないだろう
なぜなら古い船も 新しい船のように 新しい海へ出る
古い水夫は知っているのさ 新しい海のこわさを

ちゃんと聴いたのは中3。
中学校の時、こんな考え方に憧れていました。
中学生らしく懸命に背伸びしている自分がいました。
たくろうの歌詞を眺めて、俺って子どもだなぁと実感した。
大学生になると、こんなことを考えるようになれるんだ!と思っていた(笑)。
こんな考えができる大人になりたい!とも。

「結婚しようよ」「旅の宿」からそんなたくろうと決別したような(ギターを弾いて歌っていましたが)・・・・
しかし、反体制的な思考には進まず。
ただ、たくろうみたいにちょっとだけ視点を変えることのできる人になりたいと考えていた。
こんなフォークの世界を覗かせてくれたギターが上手で相撲が強かった浩ちゃんに感謝。


●1月18日(月) 293

8:50 大学
遠隔授業の準備。

15:00 大学を出て、自宅に。
速攻で、りくの散歩。
16:00 スプリント学会の常務理事会。WEB会議でした。
これは1時間チョットで終了。

「天使の誘惑」黛ジュン 1968
小学5年生でしたね。
小学生には、ミニスカートがまぶしかった。
おかっぱ頭しかいなかった田舎には、信じられないくらいステキなショートカット。
スターは違う!
この後、山代西小学校にもこの手のショートカットが流行ってきました。
この年のレコード大賞でしたね。何故か覚えています。


●1月19日(火) 294

8:50 大学

今日はgooglMeetで小野社長@GSLの講義。
段取りを頑張りました。
小野社長・・・いつの間にか巨人軍のOBスカウトなんてやっていました。

10:15 小野社長のサービス概論
実に面白い!

午後は、遠隔授業の段取りなど。

16:00 帰ります。

松山千春の「青春」1978を口ずさみながらりくと阿武隈川の土手を散歩。
近所の高校サッカー部がランニングをしていました。
渡利大橋の所でUターンするんだけど・・・
一番ビリの子・・・・少し手前でUターン・・・・
まあ気持ちは分かるが・・・誰のための練習だ?少年!とジジイは心の中でつぶやいて・・・りくの顔を見ました。
当然、りくはつぶらな瞳でジジイを見返す。カワイイヤツめ。
傍観者のジジイがいたためか?手前でUターンするとき、その少年は、ズルしてます!って顔していた。
片道30m往復60mの距離を妥協してどうする?
春が来る前に折返しポイントまで走れるような心が育つといいな。


●1月20日(水) 295

8:50 大学

13:00 ゼミ生にWEBで全体指導。
個別的にもやっていますが、一気に伝えることも大事。
みんな卒論ガンバレ!!

明日のトレマネの講義を録音。
途中でVoicyのネタが閃きました。
が、講義なので・・・こちらも熱が入り中断するわけもいかず・・・・
きちんと話をまとめて終了。いい講義が出来ましたね。
金曜日にまとめの講義をやろう。

終わって、いざ、Voicy!という段取りですが・・・・あの閃きは、思い出すぜ・・・
あっ!それ!と言うまで、しばらくかかりました。

16:20 帰ります。

松山千春「青春U」1978
これも名曲ですね。
りくと阿武隈川のサイクリングロードをゆっくり散歩。
大学3年ですね。


●1月21日(木) 296

10:30 大学
レポートや課題の整理。
結構、手間と時間がかかります。

16:20 帰ります。
あっ!快汗コラム書くの忘れた ><
「明日、必ず!」のメールを入れて・・・・

中原理恵「東京ララバイ」1978:大学3年
大学3年生って、音楽聴いて暮らしていたね。

りくとの散歩。
成蹊高校の部活を一緒に眺めてみました。


●1月22日(金)  297

9:00 大学

9:30 馬と酸化ストレスの勉強
これも面白くなりそうです。1時間ほど。

今日はやることがたくさんあります。
たくさん仕事があるときは、ひとつずつ片付けるか、同時並行のどちらか。
今日の仕事は、ひとつずつやるのが良さそうです。
で、ひとつずつ着実に終わらせました。

ただ、自分がやりたいことを集中してやれないのが、難しい所。
途中色んな事があるのは、まあ、仕方ないですね。

14時過ぎから快汗コラムに取りかかれました。
でも、Voicyには届かず ><
木曜日のトレーニングマネジメントの講義収録もできず >< 明日に持ち越しです。

16:15 帰ります。
りくと散歩。あいつは、いつも元気いっぱいです。

「Dacing Queen」1976 アバ
You can dance
You can jive
Having the time of your life  ですよね。


●1月23日(土) 298

自宅を10時に出ました。

説明を受けた段階では、大変厳しい現実です。
楽な戦いではありませんが、頑張ります。
1999年、飯田史彦先生と出会ってから、全てのことに意味はあるのだと信じて生きてきました。
なので、自分に起こる全てのこと、家族に起こる全てのこと、選手達に起こる全てのことに意味を見出して、考えることにしてきました。
その考えるクセは、自分の成長にとって大きかったと思います。
この日が来る事は、必然だったのでしょう。
まだ2日ほどあるので、吾妻山を眺めながらゆっくり考えてみることにします。

故郷未だ忘れ難く」海援隊 1973
いくつになっても、故郷は忘れられないですね。
先日、病床の父と電話で「4月の桜ば、一緒に見ようね」と約束しました。
九州の桜は、もう少し早いのかも知れませんが・・・・
川本が大学進学のため伊万里を出たのは、1976年4月2日。
「ひと旗あげんば、帰ってこられん」という思いでした。
この時、浦ノ崎駅の桜は満開でした。
あの光景は忘れないですね。叶わぬ願いですが、もう一度、あの時の桜を見たいものです。

この年の8月、夏合宿が終わって、伊万里に帰りました。
4ヶ月ほどで速くなるわけもなく・・・・
「ひと旗あげんば、帰ってこられん」・・・全然、実現していませんでした。
筑肥線で伊万里駅に入線したとき、伊万里バスバスセンター/ユニードの後に夕日が見えて・・・・涙が溢れました。

大学3年の日本インカレは、福岡・平和台。
各大学で2名しかエントリーできない400に選んでいただいたので、
「帰ってきたバイ」と胸を張ってスタートラインに立てました。
ただ、心は育っておらず、6位と沈んでしまいました。
川本コーチが側についていたら・・・・・
人生の中で、一番悔やまれるレースでした。
この時のレースで走れなかった経験が、コーチとしてはすごーく活きています。