2011年4月後半の日記

●4月16日(土)

昨日、温泉に入れなかったので、6時に起きて、温泉にゆっくり入りました。
7:20にホテルを出て、森山先生の車で、境港市に。
境港で、ちょっと道を間違えて、5分ほど遅れて着きました。
境港の競技場では、200名の小・中・高生が待っていてくれました。
9:05から、みんなで、元気よく練習ができました。

終わって、国森先生の車で、鳥取に。
100キロくらいの距離ですが、高速道路が完全に通っていないので2時間ほどかかりました。
やはり、高速道路は必要ですね。

車の中で、国森先生が「午前中記録会だったので、今、会場で待っている高校生たちに情熱大陸のDVDを見せています」って、あのオーロラビジョンで?
大画面すぎます!!

会場に到着するといたるところに「負けんな、福島!立ち上がろう、福島!!」のポスターが。
感激です。これも大変な作業だったと想像できます。

おや!?アシックスの田崎さん?
どうしたの?「鳥取出身なので、川本先生が来るので、応援に来ました」って、神戸から?
感激!

今日は情熱大陸のテーマソングを流してもらっての登場でした。
生徒さんたちは小・中・高生300名。感じとしては、もっといたような感覚でした。
それよりも、指導者、保護者の方がたくさんいらっしゃいました。
2時間しっかり指導をして、みんないいフォームに。
今日まで、教室を受講した生徒さんの数は、5200名!!って凄くないですか?
本当に日本各地で手をつなぎあっていることを実感できます。
また、陸上好きの指導者のつながりを強く感じます。感謝
写真のオーロラビジョンには「負けんな、福島!立ち上がろう、福島!!」のメッセージが!!

教室が終わって、着替えを済ませて、国森先生と食事。

東京には、18:20のフライト。
今日は新宿のホテルでゆっくりやすみます。


●4月17日(日)

今日は8時まで寝ていました。

10時ちょうどのスーパーあづさで甲府に。
途中、立川駅で人身事故があり、武蔵小金井で停車しました。
アナウンスは現場からの情報を伝えて、これからの見通しも可能な限り伝えています。
非常時に欲しいのは、情報です。
地震の後、津波が来て、原発事故。
情報が欲しくて、ずっとテレビとラジオに頼っていました。
テレビは、現場の悲惨さを無情にもずっと映し出していました。
最初は、被害の大きさを理解できるのに役立ちました。
映像のお陰で、日本の中で、この震災の中で、自分のいる位置を確認することができました。
ただ、その後の報道は、高見の見物にしか感じられず、ラジオにシフト。
ラジオからは、福島での生活に必要な情報が次から次へと流されました。
テレビの立ち位置とラジオの立ち位置が明確に分かりました。
本当に被災後は、テレビは役に立ちませんでした。
毎日毎日、あの津波の映像を垂れ流されて・・・・・教え子が、知人がこの波にのまれたかと思うと、もう見ることができなくなりました。
その報道のお陰で、支援の手が強くなったというのも事実ではありますが、
被害者意識として、もういいだろう!テレビ局!という感じでいました。
福島市より、もっと被害の大きな地域の皆さんは、どう感じたのでしょうか?
逆にラジオは、出力の関係で、地元密着。
これは、助かりました。
もっと、もっと、知事や各市町村長に登場して欲しかったというのが、本音ですが・・・・
それよりも、何よりも、原発の情報ですね。
一体何なんだって感じでしたね。
今もそうですが・・・・・情報発信というか見通しがあまりにもなさ過ぎでした。
体験したことがない出来事なので、何もできなかったのかな?
でも、それくらい考えておけよ!っていいたいですよね。
想定外?
想定できない人は、リーダーになる資格なしですよ。
リーダーって一体何?と言うことを考えさせられました。
本当に、いろんなことを考えられるのが、リーダーでしょう。
様々な出来事を想定して、そこからベストな選択をする。
その決断を的確に示す。
何でできないかな?
日本のトップという意識が欠如している?それとも決意がないまま、トップになってしまった?
我々の選択ミスです。
今日の車掌さんの方がよっぽど、しっかりしている。
当然ですが、車掌さんは、JR東日本の社長さんに確認なんかとっていなくて、独自の判断で、これくらいのことをやって、乗客を安心させ、先の見通しをつけさせてくれました。
今回の震災で、ある飲料メーカーは、本社に確認しないまま、現場の判断で、水の無料提供をしています。
これは、常々、研修で会長から「我が社は、何を差し置いても被災者を救う」という教育をされていたからだといいます。
東京電力さん、自分たちの判断で、何とかなったのではないですか?
全国民向けのきれいなメッセージも必要かも知れませんが、情報を必要としているのは、風評に踊っている首都圏ではなく、放射線の脅威にさらされている福島県です。
各方面からの発表を聞くたびに情報は誰が一体知りたいんだ!と歯がゆい思いでいます。
テレビ報道が最たるもので、まず、東京のキー局から、「今●●の会見で、発表がありました」で会見内容が出て、「では、福島の対策本部から●●キャスターです」って、福島県の情報は後回し。
主役というか放射線の脅威にさらされているのは、福島県民なんだぞ!
本当に高見の見物的視点からの番組作りには、うんざりしました。
当事者に必要な情報を伝えてから、全国のみなさんが知りたがっている情報を伝えるってできないんですかね。
避難勧告をテレビで知るっておかしくないですか?
テレビを見ている大多数の人は、避難情報なんて、何も必要としていないんですよ。
まず伝えるべきは、そこの自治体でしょう。
どうやって、住人を避難させるかを国と自治体で協議して、そこから全てが始まります。
テレビというメディアは、情報を伝える非常に大きなツールです。
が、避難勧告ぐらい、町で、村で伝えることはできます。
そのくらいのことは、公務員はやれますよ。
菅総理の最初のメッセージを何人の被災者が聞いていたのでしょうか?
そのときは、停電しているところもたくさんあり、また、避難所にそんなにたくさんのテレビがあるとも思えませんし・・・。
本当に自分のメッセージを被災者に伝えたいのなら、別の方法を考えるべきでした。
おっと、立川の人身事故でした。
これが、本当に必要な情報を次から次へと教えてくれるんですよ。
人生、アクシデントはつきものです。
そのアクシデントを切り抜けるのが、人生。
車掌さんが伝えてくれる情報から、次の手が打てました。 GOOD JOB!です。

甲府には、45分遅れの12:15到着。

教え子の鈴木利基が迎えに来てくれました。
小瀬陸上競技場に到着すると、山梨陸協の保坂理事長さんが待っていて下さいました。
山梨には、麻場先生、半田先生も。みんな待っていてくれました。

競技場では、朝から県陸協主催の記録会をやっています。
5000mのレース終了を待つ間に食事。
スタンドは、5000mの応援です。久しぶりに聞く声援に、福島も早くこうなりたいな!と強く思いました。
役員係の昔の美人お姉さんが「先生が来るので、作ってきました」と黄な粉とごまのお餅を差し出してくれました。
知り合いでもないのに応援していただいて、感激です。

レースの間にスタンドに向けて、川本から挨拶をさせていただきました。
本当にありがたい対応です。
今の思いを山梨の高校生たちに伝えました。
さっきまで、ゴーゴーレッツゴーの応援をしていたスタンドが水を打ったように静まりかえり、話を聞いてくれました。福島の復興を心から考えてくれた山梨の高校生たちに感謝。

終わって、サブグランドに。
170名の小中生が待っていてくれました。
今日は、いつにも増して、ママ、パパが多い感じでした。よく考えれば、日曜日でしたね。

3年の今村が朝、電話してきて「先生、私の家(静岡)から、甲府まで車で2時間くらいです。お手伝いに行ってもいいですか?」
それは、うれしい!!来て!
で、開会前から、地元の担当の先生方と子供の整列などを手伝ってくれました。
ホントに助かりました。
こういう教え子たちの申し出が一番うれしいですね。

今日のプログラムは小学生用でしたので、中学生には、ちょっともの足らなかったかも知れません。
ごめんね。
ただ、川本は、子供たちと楽しく教室ができて、救われました。
終わって、子供たちに今を生きることの大切さと、10年かけてしっかり勉強することの大切さをメッセージに込めて話しました。
どの子供も、純粋にキラキラとした瞳で川本の話を聞いてくれました。
子供たちの後ろにいたママ・パパの涙にウルっときました。
山梨陸協のみなさんのご厚意で、今日も充実した一日が送れました。感謝。

終わって、東京に移動。

今日は、午後から米沢でも教室が開催されています。
ここは、二瓶コーチが担当してくれました。
山形に住んでいる4人の学生が3月31日の山形教室の時に「先生、米沢もお手伝いに行ってもいいですか?」って、遠い学生は、酒田からです。列車で4時間くらいはかかるかと思いますが、
無理することはないよと言っても「行きたい!」と言います。ホントにいい学生たちです。


●4月18日(水)

まずは、郵便局に行って、入金。

次は、羽田空港へ。
今回は卒業生の菊田先生にお手伝いをお願いしました。
というのも、沖縄教室・石垣教室担当の方とのメールのやりとりで、
小学校低学年から高校生までと幅広い受講生が予想されたので、
ちょっと指導が大変!ということで、お願いしました。

菊田先生は、川本が大学に着任したときの2年生、元小学校の先生で、今はフリー。
走幅跳が大好きで、日新カップの全国大会で、優勝:1人、2位:2、3位:1、6位:2という素晴らしい指導実績。
今もたくさんの陸上教室で、子供たちを教えています。

11:35那覇便。
気温は、もちろん高く、半袖で大丈夫さ〜。
空港には金武(「きん」と読みます)メダリスト陸上クラブの前泊さんが、迎えに来てくれました。
そのまま、金武まで行って、金武町の教育委員会に。
教育委員会の建物の目の前が、陸上競技場!
町長さん、教育長さんを始め、町を挙げて出迎えて下さいました。

今回の教室の移動:羽田〜那覇〜石垣〜那覇〜福岡の航空券は、JTAさんと、JALさんがスポンサーになって、
何と、何と、無料!!!!!!!!感謝。
本当にありがたい限りです。

挨拶を済ませて、グランドに出て行くと・・・・・
懐かしい顔が!!
川本が教員としてスタートした藤代南中学校で一緒に体育を担当していた海老原康男先生!
エビちゃんは、大学を出たばかり、川本は大学院を出たばかりの新米教師でした。
エビちゃんは、地元、取手の出身だったので、顔も広く、楽しく遊んでもらいました。
今は、沖縄に移住しています。
ホントに懐かしさと、若かった頃がフラッシュバックされました。

沖縄アンテロープの幸良監督や賛助会の新垣さん、久田さんたちが義援金を持って駆けつけてくれました。

陸上教室は、どんどん人が集まって、気がつけば、450名!!
やっぱり、菊田先生に来てもらって助かりました。
菊田先生は小学生担当。
たぶん幼稚園生もいたと思いますが、6年生までを引き受けてくれました。


<450人はフレームに全然入りきれませんでした>

2時間の教室の後は、会議室で懇親会。
18:50とにかく、座って、飲み始めます。
乾杯前なのにつまみもドンドン行っちゃって・・・・・
「では、これから懇親会を開催します!」のアナウンスは20:20
挨拶などがあり、「乾杯」は20:30。
「では、これで終わりです」が21:00って、どんな習慣?
<写真は、金武メダリスト陸上クラブの子供たちが作ってくれた手作り感たっぷりの横断幕>

デイゴホテルに移動して、喜友名夫妻と宮城社長と飲み。
本当の愛を感じました。


●4月19日(火)

朝チェックアウトしようと、フロントの福原さんの所に行くと「社長が、宿泊代はいらないと申しています」
宮城社長、ありがとうございます。
素直に厚意に甘えることに。

10:20の石垣便です。
石垣島は、53年間の人生の中で、初めての土地です。
で、座席は、窓側をチョイス。
したのですが・・・・エンジンがちょっと邪魔して、視界が限られます。
で、キャビンアテンダントのお姉さんに「私、石垣島、初めてなんですね!」と福島訛りで懇願。
で、少し前の席に移動させていただきました。
飛行機には、結構乗っているのですが、今日は前を見ずに進行方向直角に体をひねり、窓の外だけを眺めていました。
沖縄本島の珊瑚礁もきれいでした。
基本的には、雲と合間に見える海面だけなんですが、時々、珊瑚礁に囲まれた島が見えるんですよ。
当然ですが、前触れもなく表れます。
路線図を頼りにそろそろ宮古島と思っていると、宮古島が登場。
おっと、あれは伊良部島?多良間島も見えました。
もう感激!
そして、石垣島に到着。
旋回しながら島に入っていきます。
珊瑚礁の海が本当にきれいでした。
地震以来、テレビで流されるのは、津波の様子でした。
これでもか!これでもか!!と、どのチャンネルを回しても(回さない?)津波の映像。
本当にもういい!!やめて!というくらい映像が流され続けました。
自分では、少しダメな感じがありました。
海に対する恐怖心が少々湧いていました。
鳥取で日本海の海岸を走ったときも何とも言えない感慨がありました。
でも、今日の石垣島のエメラルド色の海は、そんな気持ち全てを払拭してくれました。
心のわだかまりが、すーと消えていく感がして、本当に救われた感じがします。
来て良かった!が実感です。

空港には、新谷(しんや)さん@石垣島アスリートクラブが出迎えに。
今回の教室の仕掛け人です。
昨日、羽田〜那覇〜石垣〜那覇〜福岡の航空券は、JTAさんと、JALさんがスポンサーになっていただいた!と書きましたが、この交渉を新谷さんがやってくれました。
すごい行動力です。
後援に石垣市も入っています。で、市役所に行き、市長さんを表見訪問。
終わって、地元のFMに。
FM局に着いたら生放送中で、CMの間に名刺交換して、そのまま20分ほど出演。

終わって、「先生、お昼ご飯は何か?」
で、ここは八重山そばでしょう。
お店は、ディープな「のりば食堂」
でも、ここのソーキそばは、とんこつが効いていて、絶品でした。

食事を済ませて、宿泊予定のホテルに。
「ヴィレッジハウス石垣島」でした。
窓を開けると、心地よい風が入ってきて、疲れが癒される感じがしました。
2時間ほど休憩して、陸上競技場に。
最初、菊田先生と200人くらい?やりやすそうで、いい感じですね。
なんて、話していたら、いつの間にか人であふれていました。
何と、505名の参加者、見学は90名ほど。
「結」「絆」の文字が入った横断幕にみんながメッセージをかき込んでくれます。


今日は、4年生までを菊田先生に任せて、残りの400名弱を川本が担当。
結構大変でした。が、いつもの通りにやれました。
ただ、昨日も今日も、沖縄の子供たちは、少々引っ込み思案。
これは、勝負の世界では、少しマイナスになりますが、
相手のいろんな気持ちを考えて、遠慮する文化というのは、好きです。
その遠慮の文化が、引っ込み思案につながっていると考えています。
講習会をやる上では、川本的にはちょっと不便ですが、おじさんは、そんな遠慮がちな子供たちは好きだぞ!

夜は、石垣牛の焼き肉!幸せになりました!!!


●4月20日(水)

菊田先生は、8:50石垣〜那覇〜羽田の経路で福島に戻りました。
菊田先生がいなければ、沖縄・石垣教室は、完全にお手上げでした。

ホテルをチェックアウトしようとすると、ホテル代はいらない!とフロントで言われました。
ヴィレッジハウス石垣島」のオーナーが今回の活動を支援してるので、大丈夫です!とのこと。
本当に感謝です。
今日もご厚意に甘えました。
9時に新谷さんが迎えに来てくれて、まずは、郵便局に寄り、入金。
石垣島アスリートクラブの子供たちが事前に街でも募金活動をしてくれていました。
続いて、新谷さんの経営するスポーツショップに寄って、用事を済ませ、「エメラルド色の海を見る展望台」に。

石垣島の海を高台から堪能。
島の南端に市街地があります。
ざっと見渡して、左右15キロくらい。
そこに島の人口の大部分が住んでいるとのこと。
そのため、その範囲外には、信号がない!
島1周が約100キロで、80キロほどが信号がない道路がぐるりと走っていると言うことになります。
ちょっとビックリ。
その後、空港に送ってもらって、お別れです。
石垣教室開催に当たっては、多くの方の支援をいただきました。本当にお世話になりました。

石垣の空港は、搭乗口から歩いて搭乗機で行きます。
搭乗口を出て、歩いていると「川本かんとく〜」
見上げると、新谷さんが送迎デッキから手を振っています。
送迎デッキと言っても、声が聞こえるくらいですから、高さは2階くらい。
新谷さんは、機構機が飛び立つまでずっと両手を大きく振ってくれていました。
本当に石垣島は心の島でした。
最後は、新谷さんの顔が涙で見えなくなってしまいました。

帰りも窓側の席で、海と島を眺めながら。

那覇、空港で昼食を摂って、14:15の福岡便に。
ただ、この便の出発が滑走路の混雑で30分ほど遅れました。
当初の予定は、15:50福岡到着・16:30高知に向けて出発でした。
間が悪いことに福岡便はJTA、高知便はJ-Airですが、
チケットもチェックインしていませんし、荷物もピックアップしないとダメ!
とりあえず、キャビンアテンダントのお姉さんに相談して、大好きな窓側の席から前方の通路側に席を移動。

福岡空港到着は、16:15でした。残念ながら、川本が飛行機を降りたときには、
高知行きの飛行機のドアは閉まっていました。

そこで、地上係員の方と相談。
松山に飛んで、レンタカーという手もありますが、フライト時刻が遅いので、ダメ。
福岡〜東京〜高知というのが、一番早そうですが、それだと経費がかかります。
ここは、今日の打ち合わせを明日の朝にしてもらって、新幹線を使うことに。
そうと決まれば、ぐずぐずしていられません。
ダッシュで、JR博多駅に。
17:00ちょうどののぞみがあったのですが、17:04、出来たてホヤホヤのさくらに乗ることにしました。
折角の九州新幹線ですが、この震災で、ちょっと影が薄い!
ここは、東北人が乗るしかないでしょう。
岡山に18:57着。岡山からは特急南風19:05→高知21:44。

今日の失敗は、那覇で昼食を摂ったこと。
気の緩みですね。
飛行機が滑走路で待機しているときに今日は間に合わない!と何となく思っていました。
やるべきことを怠ると、失敗するというか、アクシデントが生み出すそれなりの結果を受け入れるしかない!
もう少し、きちんと手を打っておけば、何とか乗れたはずです。
勝負事と同じで、今日は、川本のミス。
ミスをしたら負ける!いい勉強をしました。
やはり、万全の準備ですね。

ホテルに着いて、やっぱり、明日の打ち合わせを40分ほど。
ここは、ノンアルコール。


●4月21日(木)

8:30ホテルを出発して、南国市の稲生小学校へ。
今日は、陸上教室ではなく、NHK「欽ちゃんのワースト脱出大作戦」のロケです。

高知県の小学生は、スポーツテスト50mのタイムが少々遅い!
男女とも全国平均より0.2秒遅くて、全国で男子46位、女子47位(逆だったかも?)。
昨日も50m走のVTRを観たのですが、ちょっと大変。
そのために小林ディレクターに書いてきた台本をやり直してもらい、
川本のオリジナルで進めることにしました。

小学5年生は13名。全校生徒は90名弱。

2時間かけて、ひととおり授業。
今日は、天候もよく、風も弱かったので、いい感じで授業ができました。
かわいい子供たちでしたが、記念写真を撮るのを忘れました。
老後の楽しみにが一つ減りました。

一旦、高知市内に戻り、昼食。
お昼は、もちろん、かつおタタキ定食。

午後から小学校の先生たちに指導者講習会。
先生方に短距離走指導のポイントを伝授。
きっと理解して、子供たちに広めていただけると思います。

今日で教室も28カ所目。毎回注意はしていますが、怖いのは、けが。
体だけはお大事に!というメールはたくさんいただきました。
気は抜いていませんが、最後の1回を残して、けがなくすみました。
これで、最終回に突入できます。
自分で言うのも何ですが、よくけがをしないでやれたなと思います。
さあ、頑張ろう!

高知県小体連会長の前田校長先生に高知空港まで送っていただきました。
今日は、東京まで移動です。


●4月22日(金)

朝イチは、郵便局に。
世界貿易センタービル内にある郵便局ですが、今日で3回目。
前回は、3カ所分の募金を持って行って、それぞれ別々に入金してください!なんて、ワガママを言ったのですが、これが手慣れた感じで、テキパキとやっていただけました。
今日は、昨日の1会場分なので、少し気が楽です。

終わって、羽田空港へ。

チェックインを済ませて、お弁当を買って11:40のJAL便で帯広に。
今週は、比較的余裕があります。
これまでは、夜、寝る前に明日の会場を確認して、起きる時刻を決定。
アラームを頼りに眠る。
朝起きて、今日のスケジュールを確認して、メール対応して、出発。
午前、午後、終わって、今日はどこのホテルかな?とスケジュールを見て、移動。
ホテルに移動して、食事、明日の起きる時刻を確認して、寝る。
入浴はというかシャワーは、朝が多かったですね。
自分でも一体、どこにいるのかよく分からないで、暮らしていました。

今日などは、もう、余裕です。
15分ほど遅れて、帯広に到着。
空港には、幕別札内スポーツクラブの小田マネジャーが迎えに来てくれました。
それにしても、寒い!空港の気温は4度。
沖縄、石垣島から比べると、20度くらいの気温差です。
一旦、帯広駅前のホテルにチェックインさせて頂いて、着替えを済ませて、
車で10分ほどの幕別札内川河川敷のグランドに。
今日は、全体的には、サッカー小僧たちです。
200名の小中生に指導。おっと、帯広農高の陸上部も参加してくれました。
途中から、スケートでオリンピックに行った高木美帆さんが登場。
高木さんは、このサッカーチームの出身でした。で、募金活動を手伝ってくれました。

教室は、16:15くらいから開始。
「先生、これどうぞ」とホッカイロを手渡されました。
ありがたい!
日も陰ってきて、寒いのですが・・・・みんな元気に走ってくれました。

教室も無事終了。川本はケガもなく、29カ所の教室を終了することができました。

日本中の皆さん、本当にありがとうございました。
指導した生徒さんたちだけで6750名。講演を入れると7900名。
参観などグランドに来ていた方を含めると10000人は、いってると思います。

感謝、以外に言葉が見つかりません。

夜は、幕別町の教育長さんのお宅におじゃまして、宴会。
何もかも,面白い教育長さんでした。
終わって、木田の高校時代の恩師辻先生@帯広南商高と西山先生@帯広農高と飲みました。
途中から疲れのためか、心地よく酔いが回っていました。
ホテルに戻り、いつものように明日の起きる時刻だけを確認して、寝ました。


●4月23日(土)

朝起きて、カーテンを開けると雨でした。
今回の29カ所の教室は、全部晴れ!本当にアッパレ!
自分で言うのも何ですが、ここは、天が応援してくれたのかな?

空港まで、送って頂きました。
帯広空港に行くと、雨が雪に変わっていました。
今日の気温は2度。
10:15の羽田便です。
飛行機に乗って、すぐに眠気が・・・・・気がつけば、羽田!
だと、よかったのですが、1時間ほど眠っていたのですが、外はまだ、寒い風景。
ん!?まだ飛んでいない?
みぞれのため飛べないのだとか。
まあ、今日は急ぐ旅ではないので、寝ましょう。
気がつけば、今度こそ東京ディズニーランドの上空。
1時間ちょっと遅れて、飛んでいました。

東京からは、新幹線。30分ほど待って、乗りました。

福島の山にはまだ桜がほぼ満開の状態で、川本を待ってくれていました。
さすがに市内の桜は散っていましたが・・・・・
今夜は、ゆっくり風呂に入って、寝ます。
が、ここで油断しては、いけない。
いつでも避難できる準備をして、眠りにつきました。

余震が来ませんように!!


●4月24日(日)

出勤前にガソリンスタンドに寄って、洗車。
3月下旬のあの騒動は、何だったんだろうと言うくらい、いつもの近所のGSでした。
車は、ずっと置きっぱなしだったので、放射能物質が絶対車体に着いています。
GSのお兄ちゃんに手洗いなんかは、頼めません。
ここは、洗車機で洗い流しておきましょう。

きれいになった愛車に乗って、気分も新たに大学に。
今日から大学の施設を使って、練習再開です。

まずは、福島大学キャンパス内空間放射線量計測データを確認して・・・・・
昨日は24時間で、9μSvでした。1時間あたり0.38μSvということは、3時間の練習で1.14μSv。
これなら、大丈夫ですね。

学生も大学に戻れる学生は、時間を合わせて、一緒に練習。
全体的な集合はしないことにしました。
とりあえず、今日は学生の感じと仕上がり具合を観察。

OLたちも同じですね。
久しぶりに練習を見るので、それとなく眺めました。

久保倉と青木は、群馬リレーカーニバル。
「400Hのレースの前に400を走りたい!」ということで、
群馬陸協さんのご厚意で参加させて頂けることになりました。

久保倉が54秒08、青木が54秒46。
練習タイムからは。55秒くらいかな?なんて思っていたのですが、
さすが、本番に強い2人でした。

午後は、たまりにたまった仕事と机の上の片付け。
困ったことに、スケジュールには、28日に講演が入っているのですが、
肝心の詳細が分かりません。
相手からも連絡がなくもしかしたらファックスなどが入ってるのかも知れませんが、
もうそれを探し出すのは、不可能。
明日もう一度、探してみます。


●4月25日(月)

朝から、書類の整理をしながら電話などの対応。

国井スポーツ課長さんが、義援金のことで来室。
先週の水曜日にみなさんからお預かりした義援金を知事にお渡ししたいと県に申し入れていたのですが、
これが旨く伝わらなくて、「知事じゃなくちゃダメですか?」と、どこかの仕切り人みたいな対応。
まあ、知事は、東京に行ったり、復興対策会議で忙しいのは分かりますが、
ここは、ちゃんと忙しいから日程がとれないと伝えればいいのに・・・・ちょっとムッとしました。
ただ、この話が、秘書課から復興対策本部に行ったので、少々話がややこしくなってしまったと思います。
で、正攻法はダメなので、国井課長さんに先週末にお願いしていました。
で、副知事の内堀さんに手渡す手はずをつけてくださいました。
たぶん、佐藤知事は、このことを知らないとは思いますが・・・・・
国井課長さんは、「知事に渡す段取りができなくてすみません」と、電話で済むところをわざわざ県庁から来て下さいました。
「先生の活動をよく知っているので、電話で済ませる話じゃないですよ」と真剣な目差しでした。
福島のスポーツ界には、日本中のみなさんの想いがちゃんと伝わっていますね。安心しました。
こういう心ある人たちに支えられて、県政は健全さを保っているのですね。
我々の思いは、いつかは、知事に届きますよ。

午後にいきなり、雨。
きっとスーちゃんの涙雨だ。
キャンディーズが出ていた「見ごろ、食べ頃、笑い頃」はずいぶん観ましたね。
伊東四朗さんとのやりとりは、最高でした。

研究室に新入生から電話。
福島に引っ越してきているので、練習に出てもいいですか?という内容。
当然、OK!の返事。
福島市は、放射線量も低下して、普段通りの生活ができます。

新入生諸君、福島大学は君たちを待っているよ!


●4月26日(火)

午前中、練習。
今日から、学生には、トレーニングスケジュールを出しました。
本格的に始動です。

今日も捜し物は、見つからず・・・・・

15時過ぎに二瓶コーチと研究室を出て、まず、目録の購入。
それから県庁に。
「県庁の駐車場はいっぱいなので、玄関に駐車スペースを確保しておきます」と国井課長さんから電話。
県庁の玄関入り口に課長さん自ら立っていらっしゃいました。
課長さんが出迎えるなんて、普段はありませんからね。
活動に対する敬意だと思います。
福島県のスポーツ界を代表して、スポーツ課の課長さんが日本中の善意を迎えて下さったと!感激です。
駐車スペースの隣は「復興支援」のステッカーが張ってある自衛隊の車両の隣でした。
最前線で活動する方々と同じ所に車を停められる!これだけでも十分な対応です。

県庁の2階に上がると、橘体協局長さんを始めスポーツ課のみなさんが総出で迎えてくれました。
きっと、国井課長さんの提案だと思います。
熱い気持ちがひしひしと伝わり、本当に胸が熱くなりました。
本当にいい人を友人に持ちました。
みなさんと挨拶をしながら、今回出会ったみなさんの数え切れない笑顔が浮かんできました。
やって、よかった!
本懐を遂げて、江戸市中を歩く四十七士のような気持ちでした。

16時に内堀副知事に義援金を手渡しました。
内堀さんは最初から涙を浮かべて、話を聞いてくださいました。

今回の陸上教室に関わって下さったみなさん!
みなさんの「負けんな、福島!立ち上がれ、福島!!」という熱い、熱い想いと笑顔をちゃんと伝えましたよ。
内堀さんは、涙で応えてくれました。
この感激は、一生忘れない!

全国の皆さん、本当にありがとうございました。

一旦研究室に戻り、ちょっと仕事。
その後、焼き肉「龍苑」に。
今シーズンに向けてのOLとの決起集会です。

終わって、Eヴに。
順子ママもいくみちゃんもみんな元気でした。
今日は、一人で行きましたが、一人で来たオヤジが4人もいて、
知らないオヤジ同士で、盛り上がりました。
やっぱり、「もう一軒、みんなで飲みに行くべ!」という感じはもう少しかな?
でも、ママファンと、いくみファンのオヤジの足はEヴに向かうのでした。
いくみちゃんに「先生、唄う?」と勧められましたが、教室でノドがかれていて、実力が発揮できないので
今日は、自粛しておきました。


●4月27日(水)

午前中、練習。

午後、ずっとPCの前。
15時過ぎに二瓶と相馬に。
中村第二小学校に二瓶コーチの同級生の旧姓金丸が勤務しています。
自宅なども大変ですが、頑張っているので、激励に。

実際に現場を目のあたりにして、人生観が変わりました。


●4月28日(木)

9:30から大学で一番大きいL4教室で、全学の教職員対象に講演会。
理工の先生から大学周りの放射線量の話が30分。

「放射線被ばくの健康影響について」神谷教授@広島大が90分。
その後、質疑応答。
なるほど!という質問をする人。あなたは一体・・・・という質問をする人。
様々でした。
質問一つとってもその人が分かりますね。

お昼に研究室に戻り、お礼状の発送作業を二瓶コーチと。

14時ちょっと前に大学を出て、新幹線を乗り継ぎ20:40に広島到着。
乗り換えも1回ですみ、案外これが楽かも知れません。

ホテルで津田ちゃんと打ち合わせをして、川本は、お好み焼きでビール。
広島はやっぱりこれですね。


●4月29日(金)

織田記念陸上です。

行く先々で、陸上関係者の皆さんから心配頂きました。

今年は、スプリント学会が福島大で予定されていました。
高野会長には、福島大や福島市の現状などを伝えて、「実施の方向で検討を進めていく」ということに。
正式な決定は、後ほどですが、福島大はスプリント学会やるき満々なので、
開催決定の折には、全国のスプリント好きのオヤジたちは集合してくださいね。
当然、若手、女性、大歓迎です!!待っています。

12:05 100mH予選3-2+2
新人伊藤彩です。伊藤の練習は一度も見ていません。
入試の面接を除けば、国体ぶりですね。
伊藤は、喜多方高校で練習していました。
「(残雪などの影響もあり)アスファルトばっかり走っていたろう?」と冗談で聞いたら、
「はい!」と何気にホントのことでした。
出遅れは仕方ないことなので、14秒42(+1.7)で組8着。
まあ、これからでしょう。

12:45 100予選3-2+2
渡辺は、11秒73(+0.1)で組3着。プラスに残れずにB決勝に。
60までの走りが収穫でした。
ただ、後半の失速は、課題ですね。

13:50 800タイム決勝
大学院に進学した長沢です。
64秒で入ったのですが、その後、ズルズルと後退していき2.19.84と信じられないタイムでフィニッシュ。
やっぱり、一人の練習で800を速くするのは、困難ですね。

14:30 B100決勝
渡辺は11秒59(+2.0)で1着。
この時期にこれだけ走れれば、充分です。

広島と言えば、「福島県人会」で、夜は、みなさんと懇親会。
ホテルから歩いて会場に。
パルコ前で福島県人会、宮城県人会のみなさんが合同で募金活動。
少しだけお手伝いをさせて頂きました。
ただ、広島の方の募金率は、非常に高い。
信じられないくらいの割合で募金に協力してくれます。

夜は、佐藤敦之・美保夫婦も登場して、福島の酒で地産地消運動。
今日は、飲みました。


●4月30日(土)

8:10の新幹線で、津田ちゃんと静岡に。
11:31静岡到着。
駅ビルで、とろろ飯を食べて、草薙のグランドに。
津田ちゃんは、若い頃シャンソン(バスケット)のトレーナーを13年間やっていました。
草薙に毎週通っていたので、感激もひとしおでした。

13時から合宿しているOL・学生と合流。
ちょっと強めの調整練習でした。



負けんな、福島!立ち上がろう福島!!復興支援陸上教室

↑ 福島に住んで、今日ほど、こんなにうれしく、胸を張れることはありません。
涙がとめどなく流れました。
この感激を一生忘れないで生きていく!

OL・学生も幸いたいしたことはありません。
全国でご心配のみなさん、激励のメール、電話、本当にありがとうございます。
学生たちと、頑張ります!「日はまた昇る!!」

教え子たちへ、そして友人に。
今こそ、世のため人のために君たちの力が役立つときだ!
共に頑張ろう!