2001年3月の日記


●3月1日(火)4176

今日から3月。
この前、箱根駅伝を応援していたのですが・・・・早いですね。

9:00初澤先生が来室。
学生表彰の件で、報告を受けました。

9:30 練習ですが・・・・今日は、雪こそ降っていませんが、寒いぞ!

終わって、仕事の山を片付けました。
退勤時刻も過ぎたので・・・・川本たちは、裁量制なので退勤時刻はあまり関係はありませんが・・・・
確定申告の作業を。
いい時刻になったので、帰ります。21:00


●3月2日(水)

今日も寒い!!
でも、啓蟄も近いのか?フィールドには、たくさんの鳥が虫をついばんでいました。
啓蟄というよりは、雨(雪)上がりからかな?

練習開始の頃は、比較的穏やかだったのですが、いつの間にか喜多方方面(西)から雪雲が攻めてきて、
吹雪に!
雪の量は少なかったのですが・・・・・途中で練習内容を変更しました。
それにしても・・・・寒い。
先週末の暖かさに慣れてしまって、心構えができていませんね。
人というのは、心ひとつで全てが決まります。
この程度の雪など、雪とは言えないのですが、ちょっと緩んだ心には、寒くこたえます。
簡単に気を抜くなよ!と福島の自然が教えてくれていますね。

午後、研究室でずっと仕事。
なかなか終わりません。
退勤時刻過ぎから、確定申告。
そろそろ先が見えてきました。


●3月3日(木)3522

今日も寒い!!こんなんじゃ練習は、冬に逆戻りですね。

10:00 大学院1年生の中間発表会。
12時過ぎまでかかりました。

終わって、研究室で仕事。
練習が終わったOLたちも仕事に合流。
いろんなプロジェクトが同時進行しています。
それぞれのOLさんたちが,責任を持って対処してくれているので安心ですね。

今日は、ひな祭りではありませんか?
で、19時をちょっと過ぎたので「食事に行こう!」と言うことで焼肉!
木田ちゃんは、ご主人が帰ってくるので、「みなさんで楽しんできて下さい!」と言い残して、後ろ髪を引かれつつ、帰りました。
で、いつもの龍苑に予約!と思った瞬間、思い出しました。
今日は定休日。
龍苑は、以前は水曜日に定休日でした。
水曜日は、お昼から練習を始める関係で、19時くらいには時間がとれるのですが、いつも定休日!
で、水曜日に行きたいんだけど!と龍苑のご主人に直訴したら、
定休日を木曜に変更して下さいました。
が、今日は、それが裏目!
これは、きっと木田ちゃんの怨念だ!と言いながら、OLオススメの別の店をチョイス。
「20時には食べ始めようね」といざ出発!

で、お店について、早速注文。
「カルビを●人前」
「すみません、今日のカルビは2人前しか残っていません」
ガーン!!
「じゃあ、レバ刺しは?」
「これも、いいのがありません!」
てな具合にいつもとはちょっと調子が違いました。
これは、きっと木田ちゃんの怨念だ!と言いながらも、結局は楽しく食べました。


●3月4日(金)2916

朝起きたら、外は、真っ白!
そんな〜
今日も寒い!
出かける時は、吹雪状態。

10:00 教員会議。
11:30 終了。
終わって、研究室で仕事。
12:30ベネッセの雑誌「中1My Style」の取材。
小学6年生のモデルの子の足を速くする企画。
朝からの雪はやんで、トラックは走れる状態になっていました。
福島市内に比べると、雪が少なかったのが幸いしました。

で、雑誌は6月号なので、子どもたちは半ズボン。
さすがに長袖でしたが・・・・やっぱり薄着のため寒い!
陸上部の1年生が、モデルの子どもが珍しく、さかんに話しかけていました。

寒さに負けないようにポン・ピュン・ランで頑張りました。
でもこの子たちは、共に足が速く、最初のテストで男の子が7秒51、女の子が7秒56。
タイムは、0秒1〜3しか縮まりませんでしたが、フォームは良くなりました。
寒くても頑張る姿は、子どもとはいえ、プロでした。

終わって、16時に市内某所で打合せ。
2.5時間ほどかかりました。

終わって、大学に戻り仕事。帰ります21:00


●3月5日(土)4765

午前中、練習。
アップの時間は、研究室で、午後からの講演のスライド作成。
まさに泥縄。
1時間ほどで、完了。いい講演ができますように・・・・・

今日は、天気はいいのですが、寒い!寒すぎです。
終わって、勉強会の段取り。

14時前に研究室を出て、市内のホテル辰巳屋に。
今日は、川本がお世話になった医大の藤田教授の退任パーティ。

パーティに先駆けて、記念講演会があるんですよ。
藤田教授は、免疫の補体研究の第一人者。
藤田教授の発見で、教科書が書き換えられた!というくらいの研究です。
野口英世記念賞を受賞されたのは、ついこの前でしたね。

で、記念講演会は、北海道大学免疫講座の教授、続いて筑波大学免疫講座の教授。
コーヒーブレイクを挟んで・・・・いよいよ川本です。
辰巳屋の宴会場いっぱいに県立医大だけではなく、各大学、大学病院の教授たちが座っていらっしゃいます。
医大の教授の退任って、こんなにも凄い!って感じです。
今までの退官パーティの感じとは、全然違う雰囲気です。

で、川本は、藤田免疫教室の優等生?とは遠いところにいます。
免疫を勉強したかったのですが、あまりの難解さに3年ほどで挫折しています。

で、ここは、「勝利への伴走者」でしょう!
で、藤田先生に事前に確認したところ、「免疫ではなく、先生のコーチングポリシィを話してください!是非聴きたい!」とリクエストしていただけました。
いや〜、ここは、免疫の話を!なんて言われたら、とんだ赤っ恥をかくところでした。
やっぱり、自分の土俵で相撲は取らなくっちゃ!ね!
藤田先生からは「『目標を目指してひたすら走る』というテーマで話せる?」というリクエストでした。
これは、川本の講演の後の真打ち藤田教授の「補体ひとすじ」というテーマの前振りになります。
もう喜んで!大恩ある藤田先生の退任記念ですから、精一杯講演させていただきました。
いつも講演の最後に「分相応の結果」について話をします。
日本記録がどんどん出だしていた2003年くらいです。
2000年のシドニーは、オリンピック選考にかすらず、翌年のアテネも吉田、池田で狙えるかな?というくらいの時でした。
何か自分のフレームが広がらないと、オリンピックって難しいんだろうなと漠然と思っていました。
また、大学教授の自分を考えたとき、このまま40代は、今やっていることを教えていけば、乗り切ることができる!でも・・・・50代の川本教授は何を教えるんだろう?とこれまた漠然と考えていました。
そんなとき、藤田教授が「(川本)先生、医大で博士取らない?」と誘ってくださいました。
そこから、大学受験勉強中の息子と一緒に受験勉強。
医大では、いろんな勉強をしました。ふつう博士課程は、専門的なこと一つに絞って勉強するのですが、川本は医学は素人。
見るもの聞くものすべてが、新鮮でした。
本当にフレームを広げることができた6年間でした。
自分のフレームが広がって、北京オリンピックにも選手たちは出場することができたと思います。
分を大きくするきっかけを作っていただいた藤田先生にきちんとお礼を言いたかったのですが、なかなか機会がありませんでした。
それが、藤田教授の退任記念講演会できちんとお礼を言えるなんて・・・・すばらしい機会に感謝です。
藤田教授を除いたらたった3人しか記念講演ができないんですよ!
本当に感謝です。
医大の6年間は、時間的に大変でした(4年ですむところを6年行っていますからね)が、それ以上のものを得ることができました。
藤田先生、本当にありがとうございました。

で、辰巳屋をあとにして、20:27の新幹線で東京・武蔵小杉に。
ホテルには、22時30分くらいに到着。
とりあえず、風呂に入って寝ます。
今日は、すがすがしい気持ちで眠れます。


●3月6日(日)14588

「明日は7:15食事」と木田ちゃんとメールで確認。
ホテルのエレベーターホールから見えた富士山が輝いていました。

今日は、等々力の競技場で、陸上教室。
川崎ゴールデンゲームのPRイベントです。
100人ちょっと小学生に木田ちゃんとポン・ピュン・ラン。

川崎市って・・・・140万人もいるんですよ!
なので、才能のある子が一杯!
みんなあっという間に速くなりました。

驚いたことは・・・・「さあ、みんな広がって」と指示しても一向に広がらないというか、
隣の人との距離をとらない。
もう一度「ちゃんと動けるようにみんな広がって!」と指示してもちょっと間隔を広げるくらい。
川本や木田ちゃんが予想する広がってになりません。
冷静に考えると・・・この子たちの距離感って、このくらいなんだ!
普段から、満員電車や人混みになれているので、広がっての幅が狭い!
納得して、講習を続けることに。
みんなでジャンプ!といっても、その広さでジャンプできる能力がありました。
これも凄い!都会の子は違う!と妙に感心。

本当に飲み込みがよく、今日は、ポンとぐいぐいスタートだけかな?なんて木田と話していたのですが、ピュンも教えて2時間でちょうどという覚えの早さでした。
本当に川崎のちびっ子たちの上達ぶりには感心させられました。

昼食を摂って、午後から木田の練習。
腕振りのタイミングを中心にやってみました。

終わって、17時から東京駅で、早めの夕食。
充実感一杯で、帰宅しました。


●3月7日(月)5785

朝、大学に行って、二瓶と12日の段取り。
川本は、その他にもやることが満載。
とりあえず、今日の講演の下準備を
でも・・・・10時過ぎには研究室を出なくては・・・・・

10:47の新幹線で宇都宮に。
新幹線の中で、午後のプレゼンのスライド作り。まあ、持ち時間は10分なので、大丈夫でしょう。とはいうものの、この1年間の活動報告なので、ネット検索などをしながら8割程度完成。
福島は細かい氷雨でしたが、宇都宮は真っ白!
今日は積水ハウスで講演。
あのCMソングが好きなんですよ。
それに最近流れているCMもいいですよね。
企業イメージ大幅アップです。
北関東の営業本部長さんがわざわざ出迎えてくださいました。
昼食を摂りながら、積水ハウスの地球環境への取り組みを伺って、本当に感心させられました。本当に素晴らしい企業ですね。

13時から1時間の講演をさせていただきました。
終わって、14:31の新幹線で東京・霞ヶ関へ。

16時からスポーツキャリア大学院の連携協議会。
2時間ちょっとかかりました。

終わって、競技スポーツ課に顔を出して、教え子の元気な姿を確認!して、帰りました。
今日は21時過ぎに帰宅できました。

風呂に入り、とりあえず明日の準備。


●3月8日(火)9453

朝早起きでした。
自宅出発は6:20。
今朝は冷え込んでいて、周りは霜で真っ白。
気温はマイナス3度でした。

大学に行って、合宿の出発準備。
器具庫のドアが凍り付いて、なかなか開きませんでした。
学生はバスで7:15出発!

川本は、大学の先生の仕事を1時間ほどやって、出発。

お昼から市原@千葉県で学生の合宿に入りました。
千葉は、いい天気で、きちんと練習ができました。

夜は、ミーティング。
今年は頑張らないとね。


●3月9日(水)13584

練習を頑張りました。
ミーティングも頑張りました。


●3月10日(木)11649

練習を頑張りました。
千葉の五井(市原)というところで合宿をしています。
夜は五井の地域振興に微力ながら協力。


●3月11日(金)8196

午前中から通しで練習。
14時過ぎに練習終了。

着替えを済ませて、帰りのバスに乗り込もうか!というときにグラグラグラ・・・・と来ました。
学生をグランド中央に移動させて、安全確認。
それにしても・・・・凄い揺れです。

凄く長い時間に感じました。
そうこうしているうちに爆発音!
とりあえず、スタンド下に。
真っ黒な煙が見えます。
「先生、あれは煙突の煙ではないですね、きっと火事ですよ」
で、ド〜ン、ド〜ンと大きな音。
バスの運転手さんと、対応を協議。
その間、二瓶コーチにホテルに連絡してもらって、もう一泊できるか確認。

コンビナートの方を見たら、びっくりするほどの火炎。

危ない!

とりあえず、競技場を離れることに。
震源地は宮城沖と知り、今日の移動は難しいと判断して、ホテルでもう一泊することにしました。

自宅に電話を入れて、無事を確認。
都内の息子、娘の安全を確認して、その後の行動もアドバイス。

学生をホテルの部屋に入れて頃に、ド〜ン!!と大音響。
あたりが、オレンジ色に染まりました。

そう我々がいたところは・・・・コスモ石油のタンクが爆発!!
ホテルは2キロ以上はなれているので、大丈夫です!との説明。

この間、携帯、メールで、次から次へと安否を心配してたくさんの友人から連絡をいただきました。
本当にありがとうございます。
感謝!!

ただ、川本の気がかりは、大学に残してきた男子学生とOLチーム、そして、震源地近くの海辺(雄勝町)に嫁に行った坂水。

携帯はもう通じなくなりました。
一番の心配だった坂水もちゃんと避難していました。19:30

ただ、仙台の木田ちゃんから連絡なし。

川本の部屋のカーテンを開けてみると・・・・コスモ石油のタンクが!
ニュースでやっているのと同じ光景が・・・・
大丈夫!と言われますが・・・・五井地区に避難命令が出ましたが、このホテル付近は避難しなくても大丈夫とのことなので、大丈夫なのでしょう。
でも、すぐ近くに炎は見えますが・・・・大丈夫なんでしょう。

明日は、大学で後期入試です。
川本も試験監督になっています。が、ネットで調べても大学のHPにアクセスできません。
メールも返ってきません。
携帯のHPで見ると・・・・・「明日の後期試験はありません」とありました。
とえりあえず明日は大学に戻らなくて、良くなりました。
また、明日は、午後から福島大学スポーツユニオンの講演会を予定していました。
講師の方はケルン体育大学から。黒須先生がアテンド。
でも、黒須先生とは連絡が取れません。
ただ、新幹線も停まっているので、明日は、中止ですね。

24時近くにOLたちから無事メールが。娘も三田の校舎に到着したと連絡があり安心。
ただ、木田ちゃんとは連絡とれず。

福島の自宅が心配です。

余震も続き、一睡もできませんでした。(ちょっと言い過ぎですが・・・)。やっぱり、心配が先に立ち眠れませんでした。


●3月12日(土)4803

バスの運転手さんと帰りの経路を検討。
可能な限り情報を収集して、何とか一般道路で帰れそうな判断をしました。
ただ、トイレが心配ですが・・・・・・そこは、学生によく言い含めて、みんなで頑張ることに。
バスは二瓶先生にお願いしました。

京葉線は東京〜千葉で動いています。
津田ちゃんを千葉駅に送ることに。
8:30ランディでホテルを出ました。
16号に出た瞬間に渋滞。何も進みません。
後方のバスに「16号以外の道で帰ってください!」と連絡。
バスは、銚子方面に向かい、霞ヶ浦あたりから水戸に抜けるルートに変更。

16号をノロノロと進むこと1キロ。1時間かかりました。
警察が進行をストップしていました。
たぶん、大渋滞を防ぐためでしょうが・・・情報が一切ありませんでした。
やっぱり、どんな方法でもなぜ、こうなったのかということを説明してほしいところですね。
行動には必ず理由があります。
理由をお願い・・・・・

で、これではダメだと、幹線からはずれて、車を走らせました。
出発した五井から千葉まで40キロ程度ですが・・・・・到着したのはお昼前でした。
津田ちゃんに長野に行く学生を託して、東京に。
幹線に出てしまい、大渋滞。
そこから、横道に逃げて、東京まで3時間かかりました。
もうびっくり。

東京で仕事でした。

二瓶コーチ率いる学生チームは、12時間かかって福島到着。
安心しました。12時間も続けて運転してくださったドライバーさんに感謝。
学生たちもよく頑張りました。

福島では、少し落ち着いたみたいです。
福島に残っている学生たちには、今日まで落ち着くのを待っていなさいと指示。
人間、1日・2日はなんとかなります。慌てないことです。

明日は、学生たちを移動させられそうです。
迅速な行動と泰然が必要です。

夜中、PCのキーボードをたたいていたら、TVから長年聞き覚えるある声が!
坂水の声です!
石巻の避難所でのインタビュー。
あまりのうれしさに涙があふれました。


川本は大丈夫です。
ただ、まだ、福島に帰っていません(3/12 23:48)

OL・学生も幸いたいしたことはありません。
全国でご心配のみなさん、激励のメール、電話、本当にありがとうございます。
学生たちと、頑張ります!「日はまた昇る!!」

教え子たちへ、そして友人に。
今こそ、世のため人のために君たちの力が役立つときだ!
共に頑張ろう!

 


●3月13日(日)3379

7:30ホテルを出ました。
朝食はコンビニ!コンビニにはもう水がありませんでした。
サンドウィッチは在庫あり。

日曜日と言うこともあって、道路は比較的空いていました。

「宇都宮から先はガソリンがないみたいです」とメールが入りました。

で、順調に進んでいると宇都宮のずっと手前の小山あたりでガソリンスタンドに長蛇の列。
こりゃいかん!
福島にたどり着く分くらいは残っているのですが、その後の行動ができそうになかったので、給油を最優先にすることを決断。
ガソリンスタンドによると「売り切れ」
「このバイパス沿いは難しいですね」
ということで、東に進路を取りカーナビの情報を頼りにガソリンスタンド探し。

本当にガソリンの給油機だけのスタンド発見。
「ここはないけど、このすぐ先の●●と○○にはありますよ」というアドバイス。
で、直行!
でも・・・・渋滞。
この道は一車線なので、たぶん・・・・路肩に停めた給油待ちの車のために進まないのでは?
業を煮やした車が、逆に戻ります。
その分だけ、前に進みますが・・・・・どうしようかな?と考えていたらおばちゃんが登場。
後で分かったのですがスタンドのおばちゃんでした。
呼び止めて前の状況を聞くと「給油渋滞」
「もう売り切れです」って?それみんなに言わなきゃあ!
ちょうど左折するとこがあったので、左折を決行。
後は勘ナビでGO!
通りに出たら、何とガソリンスタンドが!
奇跡的に10台くらいしか車が並んでいません。
今まで見てきたスタンドは、何十台という車が並んでいました。
「まだ給油できますか?」
「大丈夫です!」というありがたい返事。さっそく並びました。
3台前の車は、ここに来てガス欠!お客さんは運がいい!!

で、一路福島を目指します。

お昼近くになったので、学生たちに連絡して、自宅に帰ることができる学生は実家に移動開始!
実家が被災してしまった学生や交通機関の関係で自宅に戻れない学生は、自分たちで集まって生活!
とにかく食料と水の確保を指示。

ここまで、車を運転してきて気がついたのですが、昨日から何度も渋滞を経験してきていますが、
クラクションの音が一切しません。
また、自分だけ!我先に!みたいな運転も見当たりません。
日本人のすばらしさを感じました。
本当に素晴らしい国です。

途中で、何度か買い出しをしました。
が、買い出しになりませんでした。

何度かの渋滞をくぐり抜けて、福島に入ると、至る所に地震の爪痕が!
特に矢吹は、道路の各地で地割れがあり、工事中でした。
本当にこんな時に自分の家のことよりも公共のために汗を流す人たちは、すごい!
本当に感謝しながらハンドルを握っていました。

大学に一端寄って、グランドの状況を確認。
心配していた投てきの防御ネットも壊れずにちゃんとたっていました。
これといった破損箇所もないようなので、安心。
自宅に戻りました。
ただ、いつもの通勤道路の4号線が、土砂崩れで通行止めなので、迂回路を。

18時に自宅到着。
10時間かかりました。

家族の安全を自分の目で見て確認して、ホッとしました。

ご近所に家内がよくしていただいてる農家がありますが。
震災からずっと面倒を見ていただいていたので、ご挨拶に。
そのとき「うちは地下水ですからいつでもどうぞ!」と仰ってくださいました。
本当に感謝です。

まだまだ余震は続いています。
不安な一夜でした。

OLたちの練習も心配ですが、それよりも安全確保が一番。
あわてないようにと指示。

仙台の木田ちゃんは、無事なんですが、ライフラインが全滅!
頑張れ!心技体共に人とは違う能力持っています。
いまこそ、それを発揮するときです。
まずは、家族を強く支えること。
それができたら、周りを支える。

ボランティアに学生と行きたいのですが・・・・・原発の事故が不安です。
ここは、じっとしていましょう。

ずっと、みなさんから、安否確認や激励の電話・メールをいただいています。
本当にありがとうございます。頑張ります。


●3月14日(月)2603

朝から、いい天候です。これだけが救いです。
余震は続きますが、何とか生活しています。

朝は、ご近所のK野さんのお宅に水をいただきに。
その後、2階に上がり、散乱した部屋を片付けです。

東京電力で計画停電を予定しています。
その報道で、気になったことが・・・・・

「被災者の方のために我慢します!」とコメントや
「私たちが我慢することで被災地が少しでもよくなれば・・・」などがありました。
放射能漏れの危機にさらされている東京電力原子力発電所は、文字通り東京電力のものです。
ですからこの発電所で発電した電力は東京(電力管轄地域)に送られ、福島では一切使っていません。
ここを確認してほしいですね。
新潟の原発も東京電力です。関東地区の電力を福島や新潟で発電しているんですよ。
もう一度書きますが、東京電力の原発で発電したものは、東北では使っていません。
福島は、東北電力です。

東京電力原子力発電所の事故は、関東地区の皆さんの出来事なのです。
自分たちが使っている発電所でトラブルがあって、電力がこないと言うことです。
被災地を救うために計画停電をしているわけではありません。
関東エリアの電力を賄う発電所がダウンしているのですよ。
自分たちが被災者という気持ちが薄いので、「自分たちが我慢すれば、被災地が助かる・・・・」というコメントにつながっていると思います。
発電しなければ、電気はこない!当たり前です。
計画的に停電しなかったことを攻めているコメントもありますが、
停電しなくて何が悪いのですか?
東京電力が停電しなくていいように頑張った結果ではないでしょうか?
「Good Job !」と称えるべきでは?

福島県民は、東京電力の原子力発電所が福島にあるために放射能漏れの危険にさらされています。
みんさん、理解してくださいね。
(ただ、これは、県民が受け入れる!という了解をしたことになっています)
TVでのコメンテーターやインタビューの発言で気になったものですから・・・・・書いてしましました。
実は、川本も昔は、東北電力も東京電力も分かっていませんでした。
電力関係のみなさんと仕事をするようになってから、理解が進んだものですから・・・・・
ご存じない方も多いと思って・・・・学生も理解していませんでした。
まあ、原子力発電の原理(沸騰水型)も知られていないと思います。

陸上部の学生にもボランティアを指示したいのですが・・・・万が一を考えて、学生を危険にさらすことはできません。
実際に活動している人もいらっしゃいますが、もう少し待ちます。


●3月15日(火)2493

こんなメールが届きました。

川本先生

 無事でいらっしゃるでしょうか。
 私は大丈夫です。
 一関○○高校が避難所にもなっていますので、地震直後からお手伝いをしながら、勤務もしています。
 「今こそ、世のため人のため!」
 本当に力づけられます。
 避難所でも今まで鍛えられた力が役立っています。皆から頼りにもされています。
 今が自分が試されている時。
 これまで身につけた力を「今こそ世のため、人のために」役立てていきます。
 先生もご無事で、再会できる日を楽しみにしています。

一関○○高校 KZ谷

本当に頼もしいですね。がんばれ! 


●3月16日(水)2486

大学に出勤しました。
自宅前のスタンドにず〜と車が並んでいました。
スタンドのお兄ちゃんに「どの位並んでいるの?」
「500台くらいです」
「何台分、今日は売るの?」
「750台分です」750台の家族が救われますね。

午前中は、担当している学生(1年生とゼミ生3・4年、院生)の安否確認作業とリスト作成。

13:30 教員会議。

終わって、安否リストの完成を!

17時過ぎに大学を出ました。
研究室は、書棚の本が散乱したままですが・・・・・・

途中、ガソリンスタンドに長蛇の列。
ガソリンは何とかならないですかね?
ここで、政府主導ではありませんか?菅総理!
ここで、「被災地のためにみんなで我慢して節約!」ですよ。
灯油も不足がちというか、ありません。
灯油も運べないものですかね?
絶対!政治の力ですよ!
日本中でガソリンは必要なのは、分かりますが・・・・・
本当に困っている人に!

首都圏でも電力不足が叫ばれていますが・・・・
たぶん記憶が正しかったら、東京電力の1/3は福島原発で発電していたのではないかと思います。
1/3がダウンすれば・・・・・当然、電力は足らなくなりますよね。
新潟柏崎や火力水力発電でも頑張っているとは思いますが・・・・
ここは、政令でしょう。
TVなどでみると、こんな非常時にネオンなんかもついていますからね。
2/3の電力で暮らす!ことを理解しましょう。
被災地は、灯油がない!ので、ストーブを点けるのは朝の2〜3時間というところもあります。
同じですよね。
ガソリンがなかったら、車で行けない。これは、「ガソリン完売」の状況で暮らすとよくわかります。

南福島のガソリンスタンド前も長蛇の列でした。
川本の車(ランディー)には、まだ半分ほどガソリンが残っています。
もしもの避難のためには、満タンが必要でしょうが・・・・・・
ここに並ぶ人たちは、もっと切羽詰まっている人のはずです。
長蛇の列を横目で見ながら、帰りました。
スタンドのお兄ちゃんが「完売です」のボードを持って、走っていきました。
本当にみんな大変です。

教え子たちから、安否情報が届けられます。
教員として働いている教え子も大勢います。
それぞれ学校が避難所となっているところも少なくありません。
そんな状況で、一生懸命頑張っている様子を伝えてくれます。
家族のことや自宅のこともあるのに本当に頑張ってくれています。
本当に頼もしく感じます。
一人ずつのがんばりが、この窮地を救います。
目の前のことを少しずつ。
どんなに瓦礫があろうと、一つずつ片付ければ、必ずきれいになります。
本当に小さなことを丁寧にやっていこう!
君たちの行動が、必ず現場を救う!


●3月17日(木)

大学は、県?の要請を受けて、被災者を受け入れることになりました。
避難所は、体育館。
ここは体育の先生の出番でしょう。
まず、人間発達文化学類の総務に行って、どの部署に行けばいいのか?を尋ねて、地域連携室に。
段取りを少しやって、保健体育棟にいた小川先生と杉浦先生に連絡。
幸いバレーとバスケットの先生。
昨日から、体育館の準備はやっていましたが、ここは、専門家の出番!

第2体育館のトレーニングエリアをどうするかを検討し、結局、みんなで移動させることに。
マシーン類は重い!バーベル類も重い。

陸上部からは、練習で使用しているジェットヒーターを!
「先生!これはいい(good)ですよ!」
「でも・・・・灯油がないので・・・」
「安定的に灯油が入るようになったら使わせていただきます」
そうですね・・・・・火力は強いし、ファンもあるので、きっと周りもずっと暖かいはずですが・・・
灯油がすぐなくなりますね。
痛し痒し!ですね。

では、ストレッチ用のマットはどうですか?
これは、採用!

午後から避難者の受け入れです。
ここからは、事務官やボランティアの学生に任せて、自分の仕事に専念。
研究室は、荒れたままでした。

川本はプロ野球ファンですが・・・・・
セリーグ25日開幕決定!信じられません。
それも東京ドームでナイター!電力はどうするの?
電力不足で電車も停まるか?という時に!
どうしてもやりたかったら、東京電力管内ではない地区でやりましょう。
せめて、西日本地区で、やりましょうね。プロ野球機構さん。
「野球で被災地を元気づける」本当にそうでしょうか?
震災にあった楽天の選手たちが、自分たちも大変だけど、何はさておき、今やれる野球で頑張る!ならストーリーが分かりますが・・・・・
幸いに楽天の選手たちは、仙台にいませんでしたし・・・・・
ただ、球団職員の方は仙台にいましたからね。
パリーグは、開幕を遅らせますが、仙台で野球を見に行ける人がどのくらいいるのでしょうか?
逆に楽天がクリネックススタジアムでゲームを開催するときに、一人でも多くの人が、楽天を応援に行けるようにライフラインや食糧事情が好転しているといいですね。
そうですね。プロ野球を応援行けるくらいの心の余裕ができるように右肩上がりで被災地を好転させましょう。
東北のみんなで、全国の方の力をお借りしながら復興しましょう。立ち上がれ東北!!

女川で高校教師をしてる教え子SDに電話がずっと通じません。
今夜、発信音の後に「おかけになった電話は、電源が入っていないか、電波の届かない・・・・」
停電で充電できてないと信じています。
ほかにも被害が大きかったところも連絡不通の教え子たちがいます。
安否を心配する同級生からメールが寄せられますが・・・・きっと充電できていないだけです。
そう信じて、復興を待とう。


●3月18日(金)

夕方、SDから「無事です」の電話が入りました。感涙!!

朝、大学に出勤して、とりあえず地域連携室に寄って、
「困ったことない?」「何かお手伝いすることは?」
「先生、今は、大丈夫です」今日は、少し落ち着いていました。

研究室に行って、文科省の次年度の申請書を作成。
こんなときも待ったなしです!・・・・信じられませんが・・・・・
教務課の菊地さんが事務方の担当です。
菊地さんと手分けしながら、申請書作成業務を遂行。
何とか、申請書を作成。

14:46 黙祷

自分の幸運に感謝して、強く、強く生きることを再確認。

涙が止まりませんでした。

でも、頑張ります。

今日は、研究室に何本も電話が入りました。
時間も少しあったので、研究室の片付けに取りかかりました。
雑誌類が書棚からみんな飛び出していました。
とりあえず、書棚に雑誌類を戻したところで、今日はおしまい。
少しずつやっていきます。

夜になると、坂水から電話が入りました。
電波状態が悪くて、ひと言も坂水の声を聞くことなく、電話が切れてしまいましたが、きっと「元気です」という電話です。

プロ野球について・・・・
昨日、東京ドーム・ナイター反対!を書きましたが、1日たって冷静に考えても反対です。
別に野球するのはいい・・・・・プロ野球は、興業(試合)をやって商売が成り立っているので、試合をやるという経済活動には反対しないのですが、
この計画停電をしているときにナイターはないでしょう。
そこまでして、儲けたいのか?というのは、言い過ぎでしょうが、
どうしても25日に開幕するのであれば、東京ドーム以外で、デイゲームにするとか、東京電力管外の西日本でやるとか、いろいろ工夫するところはあるでしょう。
大規模停電があるかも知れない!→電車が停まるということで、早々に退勤(会社命令)して、駅の外にずっと並んでいた人たちの賛同は得られないでしょう。
1/3の電力を賄っていた原子力発電所が、文字通り風前の灯火の時ですよ!それなのに明らかに電気を使う象徴のようなナイターを行うなんて、愚行ですよ。
もっと、日常的に電力を使っている業界もあるはずですが、だからと言って、プロ野球もナイターで電力を使うという愚かしいことをやらなくてもいいのでは?
プロ野球を愛するファンの一人としての声でした。


●3月19日(土)

これまで、法面が崩壊して通行止めになっていた4号バイパスが復旧。
最短距離で、大学に行けるようになり、ガソリンの節約になります。
これで、いつでもタンクローリー車は通れます。待ってますよ!
自宅前も、その先のGSもずっと、ずっと車の長蛇の列。
不確かな情報では、13時から市内のGSでガソリンを売るらしい!ですが・・・・
川本は、積極的にガソリン情報を入れずに過ごすことにします。

午前中は、学生の安否確認作業。
隣の安田先生は、自転車で出勤。工藤先生の部屋の前も自転車が。
二人は野外活動の担当です。
かっこいい自転車でした。川本宅には、電動アシストの自転車があります。明日からそれにしようかな?
ただ、自宅から大学までは、10キロ。途中、伏拝の坂が2キロくらいあり、その後もずっと上りです。
やっぱりダメですね。
保健体育棟の玄関にママチャリ発見。佐藤先生は、何と!ママチャリで出勤。
凄すぎ!

15時から教員会議。

終わって、新たな学生の安否確認作業をして帰宅。
大学近くのJAーGSを見ると、まだまだ車が長蛇の列でした。
自宅付近のGSは「完売」の看板が・・・・・
その前には、早くも車の列ができつつありました。

浜通りは、もっとガソリンが足りません。まずは、浜通りに!!!

Fukushima50:われわれが(川本が)知らないうちに海外メディアで大きく取り上げられています。
福島原発に残って作業する東京電力や関連作業員の皆さんの呼称です。地震当時800名の方が福島発電所で働いていました。避難命令が出たときに50名の方が残って作業を続けたと言います。
この方のおかげで、今、福島市は安全に暮らすことができています。
「名もなき英雄」勇敢な作業員のみなさんに「Fukushima50」の名前がつきました。
いつ終わるか分からない戦いに「命がけ」で、果敢に臨む英雄たちを忘れてはいけません。
日本人として誇りに思います。
また、自衛隊、消防庁、警察庁いろんな活動が原発の周りで繰り広げられるようになりました。
「Fukushima50」は、原発で体を張っている人の総称としましょう!
彼らが命がけで遂行しているミッションの成功と無事を心の底から祈ります。


●3月20日(日)

午前中は、学生の安否確認作業。
川本の担当学生は、それぞれが安全なところに避難して、きちんと暮らせています。

昨日の教員会議で、「12時から滋賀大学からの支援物資の搬入があります。お手伝いできる教員の方は、車庫前に集合してください」
で、大学に。

今日も・・・・出勤途中のGS前は長蛇の列。
いったいどこのGSに並んでいるか、分からないくらいの長さです。
最後までガソリンは行き届くのでしょうか?

11:30「今日の搬入は中止になりました」とメールが入りました。
情報の伝達ですが・・・・理由もほしいところですよね。そして、次はどうなるまであったら完璧!
分からないなら、分からない!とひと言あれば、それでいい。
政府の発表と似ています。

学類長から電話が入り、「市内の特別支援学校で荷物搬入があるので、余裕があれば行ってもらえませんか?」隣の安田先生の部屋をのぞくと帰った後でした。
安田先生に電話を入れて、「方木田の特別支援学校へ」

駆けつけたら、作業が始まったばかり。
10tトラック2台分です。
滋賀大学からの支援物資ですが、滋賀大は有事に備えて、備蓄していたとのこと。凄すぎ!
事務官に「うちの大学の備蓄は?」「ありません!」そうですよね。
素晴らしい危機管理です。

荷物をトラックから流すときに「水」「わかめごはん」「トイレットペーパー」「赤飯」など品物名を大きな声で言いながら受け渡します。
体育館にただ積むわけにはいかず、きちんと整理して保管することが重要ですね。

終わって、自宅に帰ろうとしていたら、佐藤先生の足がない!
佐藤先生を大学に送りました。
「川本先生、ガソリンがもったいないから走って帰りますよ」
って、佐藤先生!10キロはありますから・・・・送らせてください!ガソリンがなくなったら大学に行かなければいいんですから!

作業が終わって、仲のいい事務官木村さんが「昨日はGSに8時間並んで2000円分入れました!」
もう信じられません。

いわきの教え子根本先生@福島高専に電話。
いわきは、もっとひどい状況です。ガソリン、水、食料みんな不足しています。
何とかならないのでしょうか?
ここは、佐藤知事の出番ですよ!!

近くのコンビニが2日ぶりに開いていました。
ちょっと寄ると、パンが入荷。
あんパンとメロンパンそれぞれ1個ずつ購入。
後から来た親子連れが、うれしそうに買っていました。
こんなときは、必要なものを必要なだけ購入するとこが第一です。

避難中の坂水から電話がありました。
避難所から仙台市内の実家に様子を見に来た!と言っていました。
元気に頑張っている模様。安心しました。
電話の途中で、物音が・・・・・
仙台のアパートの残る木田ちゃんが、自転車で坂水に会いに来ました。

教え子に勧められるまま、ツイッターを開設 http://twitter.com/kawamoto_tf  
みなさん、ツイートしてくださいね。
と言っても、仕組みがあまり分かっていません。
とりあえず、つぶやいてみます。


●3月21日(月)

ここ数日、朝の散歩の時には、GSから車が長蛇の列でしたが、今朝は、なぜか車が並んでしません。
今日は「販売なし」なのでしょうか?
川本の車は、もう少しがんばれそうです。

昨夜は、何度も大きめの余震がありました。余震が少し収まっていたので少し安心していたのですが・・・・油断大敵!

今日の昼食はカップ麺「沖縄そば」。
OLたちのお昼は、ソーキそばかな?

福島は、原発問題が長引きそうで、まだまだスポーツをやれるような状況ではありませんが・・・・・
東北高校@宮城が甲子園に!東北からは、光星学院@青森、大館鳳鳴@秋田の3校が出場。
大変なこともあるでしょうが、それぞれ力一杯プレイしてほしいですね。
スポーツイベントは、電力に大きな影響がない限り、どんどんやるべきですよ。

FUKUSHIMA50の記事を読みました。
50人だけとは思いませんが、それぞれ、担当しているみなさんが原発と真剣勝負です。
本当に頭が下がります。
我々は、ただ、、ただ、ミッションの成功とみなさんの無事を祈ることしかできません。
ヒトの英知を信じています。
ちょっと外出しました。
コンビニの窓に「たえろ東北!まけんな福島!!」の文字が!
励まされました。

近所のベニマルをのぞいてみました。
お肉や魚はちゃんと売っていました。
ただ、牛乳が売っていない!

本当に福島の原乳はダメなんでしょうか?データを見た限り、全然大丈夫ですよ。
強がりや勢いではなく、川本は飲みます。
山下先生@長崎大の話を伺うと、この程度の放射線なんて全然大丈夫なのが分かります。
イメージで怖がってはいけません。
ちゃんと放射線を理解しましょう。今日の午後から山下先生の講演がありましたが・・・・聴きたかった。

ラジオ福島は、震災以来、3人のアナウンサーが5時間交替で24時間、放送を続けています。
本当に頭が下がります。
で、自分の仕事が一段落したので。深野アナに「何か手伝えることはありませんか?情報収集でも、ぱしりでも何でもやります」とメールしていました。
夕方、深野アナから電話が入り「監督、明日の放送に出てください!」

ラジオ福島では、USTREAM http://www.ustream.tv/channel/rfc-radio で番組を常時配信しています。
福島の生情報が、そして、福島の人たちが何を考えているのかがよく分かります。

大和田アナが「おはぎを売っています」のリスナーからの情報を読みながら
「いやあ〜!食いて〜!!!」実感あふれていました。
相手の女子アナに「おいしい情報、もっとないの?」って感じです。


●3月22日(火)

深野アナの「監督、来てくださいよ!」と言うわけで、ラジオ福島に。
ラジオ福島は、自宅から近いので、ここは、ママチャリで。
通りに出ると、GSのお兄ちゃんが、ガソリン整理券を配布していました。
ここは、少しだけ心が動きましたが、ラジオが先!

打ち合わせは、なしで、そのまま生放送。
放送では、地震の時の様子やその後の暮らしぶりなどを紹介。
「監督、被災者の方の健康について・・・」
とくかく、体を動かしましょう!背伸びだけでもいいですよ。
という話をしているときに「ポ〜ン」と時報。
で、時報が鳴ったら必ず背伸びをしましょう!とコメントを入れました。

その後、ラジオのCM代わりのメッセージを収録。
ラジオ福島では、24時間CMなしで放送しています。
収入はどうするんだろう?と心配していますが、社長さんは「震災に強いラジオで頑張ります」と仰っていましたが・・・・・・
で、いつまでもCMナシと言うわけもいかず、スポーツ選手たちにメッセージをもらってCM代わりに!
ということで、20秒のメッセージを下さい!でした。
ちょっと考えて、話したのですが・・・・ついつい思いが強すぎて・・・・・1回目の試し撮りは、40秒かかってしまいました。
で、担当のお姉さんが、「監督、40秒バージョンで行きましょう」ということで、40秒いただきました。
選手たちもそれぞれ20秒ずつの応援メッセージを録音予定です。

13時に大学に出勤。
二瓶コーチも来てくれて、さまざまな打ち合わせを。
やるべきことは、本当に山積みです。
瓦礫の山と同じで、目の前のことを一つずつかたづけることが、一番の近道だと思います。

夜、深野アナから電話。
「監督、反響がすごい!時報の背伸び、みなさんが実施されていますよ!」なんて、うれしい話。
で、明日もスタジオに来て、川本式体操を伝授して!とオファー。
明日も頑張ります。


●3月23日(水)

ラジオ福島の深野アナの担当は、6時から9時。時報をまたぐのは、7時と8時です。
7時は早すぎるだろうということで、8時に体操をやることに。

7:50にスタジオ入りをすればいいので、自宅をママチャリで7:35出発。
ご近所の方と朝の挨拶。ぽぽぽぽ〜ん!
互いに面識がないこともあり、いつもは、何となくよそよそしい感じで形式程度の挨拶をしているのですが、今日は、みなさん挨拶に力が入っています。
毎日聴いている「ぽぽぽぽ〜ん!」のお陰でしょうか?
みなさん声が大きい!そして、笑顔。
やっぱり挨拶ってこうでなくっちゃ!
福島市民が心の手をつないでいる感じがします。
立ち上がれる気がしてきました。

7:50ちょっと前にスタジオに着いて、ディレクターさんに招かれるまま、中に。
スタジオでは、深野アナが、天気予報や道路状況など様々な原稿をどんどん読んでいます。
川本がバッグ類を置いた瞬間に「今日は福島大学陸上競技監督・・・・・」といきなり紹介。
深野さん!打ち合わせは?こんな時だから・・・・なし!・・・・ですね。
で、いきなりトークに入りました。

8時の時報を聴いてから、体操。
昨日、津田トレーナーに「津田ちゃん、どんな体操がいい?」なんて情報収集した内容をご紹介。
終わって、一旦、帰宅。

今日はGSに並ぶ車の列がなぜか自宅の路地の方に伸びてきました。
そこで、奥さんが、ちゃっかり「ガソリン給油整理金」をゲット。
ランデイのガソリンもだんだん少なくなってきているので、ここは入れますか。
車列が少なくなって行くのを見て、列に並びました。
20分くらいで、給油完了。
列のほぼ最後の方でした。満タン!とはほど遠く3000円分の給油でしたが、ガソリン事情が好転するであろう週末までは十分な量でしょう。

そのまま大学に。途中のコンビニに寄りちょっと気をよくして、しゃれたパスタを購入。
チキンもあったので、それも購入。
何だか、逆に太ってしまうかも?

午後一杯研究室にいて、帰宅。

夕方、岩見キャプテン@チーム川本から電話が入りました。
明日、FMポコ(福島市のコミュニティ放送)でトーク&体操指導をしてくれない?とのこと。
当然ですが、すぐOK!
担当は、國分ちゃん。がんばろうっと!!


●3月24日(木)

街中まで、ママチャリで。
FMポコで國分ちゃんとトーク。
FMポコは、福島市の要請を受けて、臨時災害放送局「ふくしまさいがいFM」として、出力20Wを100Wに増力して活躍中です。
30分ほどトークと体操を。市民の皆さんに共に頑張ろう!のメッセージをを伝えました。

帰りにパン屋さんによって、パンを4個購入。

今日は、GSの列がありません。
2つのGSの列ともガソリンの販売はないようです。
まだまだ、ガソリン不足問題は解決していませんね。

午後から、自宅で、周辺の整理など。
メール、携帯がちゃんと使えるので、たくさんの方と連絡、相談。
ずっと電話とメールをしている状態です。
この時期になって、いろんなことがドンドン出てきます。
全ては、タイミング。

学生の練習も心配です。
5月13日からの東北インカレは、仙台開催がなくなりました。
何とか福島でやりたい!のですが、交通網がそれまで回復するか・・・・・?
JRは4月中に回復したい!と言っていましたが、どうでしょうか?
ドラッグ & ドロップ福島市には、新幹線、東北本線、奥羽線、阿武隈急行、福島交通飯坂線がありますが、現在、飯坂線だけが走っている状況です。
同時期の開催なら、山形、秋田が有力ですかね?
秋田は、やっと桜が咲く時期なので、まだ寒いですね。
おっと、その前に原子炉が落ち着くか?こちらが大問題ですね。
秋に予定しているスプリント学会も開催が心配です。
我々は、山下教授の講演で、ずいぶん放射線に関する理解が進んでいますが、
何せ、見えない悪魔ですから、一般的には怖い存在ですよね。


●3月25日(金)

今日は、卒業式の予定でしたが・・・・・中止になりました。
毎年、卒業式の後に「卒部式」をやっていました。
学生たちは、大学の指導で、実家に帰っているので、卒部式はできません。残念です。
高橋と一関があいさつにきました。
こんな大変な状況なのにありがとう!

4年生の諸君、卒業おめでとう!
まず、この4年間、大学生として1400日余の時間を頂いた君たちの親御さんに感謝しよう。
その時間を本当に有効に使うことができたか?自問しよう。
そして、親御さんにきちんと、自分がこの陸上競技部で学んだことをきちんと報告しよう。

川本が君たちに4年間掛けて伝えたかっとことは、
具体的な行動を。
小さなことをきちんとひとつずつ。
夢を持て!感謝の気持ちを忘れるな。
真っ直ぐに生きろ!言い訳するな。
最後の学年になってからは、リーダーシップのあり方。

しっかり身についただろうか?
これからが、試される時。
世のため、人のためになる行動を!
自分の全ての行動が、「世のため、人のため」になっているかいつも考えれば、すぐ分かる。
真っ直ぐに生きる難しさを実感しながら、真っ直ぐに生きて欲しい。

東日本は、地震・津波・原子力と信じられない状況です。
こんな時だからこそ、生き方が問われる。
ただ、君たちは世の中に船をこぎ出したばかり。
こんな嵐の中で、大変だとは思うけど、負けるな!

今夜は、君たちと酒を飲み交わすことができなかったのは、残念。
絶対、一緒に飲む日を作ろう。
それまで、しばし修行してこい!!また逢う日まで!
君たちの人生に幸多からんことを祈る!


●3月26日(土)

11:30で、東京に帰る息子を送って福島駅西口に。
その後は、自宅に戻り、書類などの作成。
一向に出口の見えない原発問題ですが・・・・・我々素人は、どうしようもありません。
どうしようもないことは、どうしようもないので、どうもしないことにしました。

で、川本がやれることは何だろう?とここ数日ずっと考えていました。
なかなか結論が出なかったのですが・・・・・
水道が復旧し、コンビニやスーパーに少しずつ物が並びだし、
余震の回数も徐々に減りだし・・・・・息子も東京に帰って行きました。
自分の周りに不安な材料が、少しずつなくなっていきます。
でも、福島の浜通り(他の被災地の皆さんごめんなさい。まだ福島しか見る余裕がありません)には、まだまだの状況です。
原発問題で、手つかずの所だらけです。
何も出口が見えません。
もはや被災者を脱することができた自分に一体、何ができるのだろう?

やっぱり、川本には、陸上しかありません。で、

負けんな、福島!立ち上がろう、福島!!復興支援陸上教室

を考えました。
川本が陸上を教えに日本中のどこにでも行きます。
そこで、募金活動を一緒にしていただける団体を募集します。
地震・津波・原発で苦しむ福島県に手を差し伸べたい!と考えていらっしゃる方、是非、是非、川本と一緒に募金活動をして下さい。
旅費も講師料もいりません。
陸上教室を企画して下さい。
応援している気持ちと「負けんな、福島!立ち上がろう、福島!!」のメッセージを福島県に届けます。
1984年26歳で福島来て27年たちました。人生の半分は、福島で生きています。
福島県のお陰で、今の川本があります。
これまでのご恩を少しでもいいのでお返ししたい!という一心です。
自分自身に問います「今、行動しなくて、いつ動く!」
全国の皆さん、お願いです。募金活動の協力をして下さい。


●3月27日(日)

朝からGSから自宅を通り越して、車の長蛇の列。
まだ7時ですよ!GSから自宅までは車300台の距離です。
もう信じられない光景です。
磐越西線が復旧開通して、ガソリン列車が来ていましたが・・・・・まだまだの状況ですね。
現状を知らない人たちは、「ガソリンは行き届くはずです」なんてTVで言っていますが、
早朝から、車が並ぶこの光景を見て欲しいものです。

でも、つくづく石化燃料に依存している生活を思い知らされます。

今日は、大学に出勤して、負けんな、福島!立ち上がろう、福島!!復興支援陸上教室の段取りなど。
それにしても、昨夜の企画なのに・・・・
4/2:伊万里  4/3:筑後  4/4:松山 4/9:大館が決まりました。
その他、数カ所検討段階です。

4/1の夜に伊万里に行き、4/2午前中、伊万里陸上教室。仁部先生@伊万里商高にお願いしました。荒木先生@啓徳高も頑張ってくれいるはずです。午後が空いていますね。
佐賀でやりたかったのですが、4/3が桜マラソンなので、ちょっと難しそうです。
佐賀は、桜の季節なんですね。
実家の浦の崎駅は、桜の名所です。
川本も桜が満開の時に浦の崎駅から列車に乗って、筑波大学に進学しました。
今でもあの時の桜の美しさは目に焼き付いています。
あの満開の桜は、忘れたことがありません。
あれから35年。いい人生でした。
そして、これからもいい人生にしたいと考えています。
そのためには、ここを乗り越えなくては・・・・それが今回の陸上教室ツアーだと思います。
福島のため!というのもありますが、自分のためなのかも知れません。

2日は何とか伊万里から1時間くらいで移動できるところで、午後の教室をと考えています。
翌3日(日)は、大学の先輩横溝先生のお世話で、八女工業高校が会場です。堤先生@八女工高、田中さん@筑後ジュニア陸上クラブにお世話になります。ここも午前中なので、午後の会場を探さなくては・・・
4日は、同級生の中村が松山@愛媛で受け入れてくれます。教え子の高岡修平もいるので、安心。この日の午後は、明日考えましょう。

9日の大館は、鈴木先生@大館市立東中から昨日のうちにメールが来ました。
速い、早い反応でした。感謝。

賛同して、協力して頂ける皆さん、本当にありがとうございます。
大館などは、立派な要項がもうできあがっています。
頑張るぞ!
でも、急に「陸上教室やらない?」なんて言われても・・・・それはそれで大変ですよね。
自分の立場に置き換えても、大変さは分かります。
でも、でも、「やりましょうよ!」って言われると、本当に嬉しくなりますね。
大変さ、困難さは、充分分かっています。
本当に感謝です。
負けんな、福島!立ち上がろう、福島!!


●3月28日(月)

朝、市内で用事をひとつ済ませて、大学に。
GSの列は、少し短くなっているような感じでした。
橋を渡った先のGSと次のGSの距離は、200mちょっとですが、そのGSにあまり並んでいない。
列が重なるので、先のGSの列は信号で曲がるのですが、信号で曲がっていない!つまり、少ない!!
ちょっとUターン。
ほんの15分並んだだけで、GSのノズル前に!!
「ハイオクは、入荷していません!」って・・・・・ショック!
自宅には、給油待ちのランディーがあります。
そのまま自宅に戻り、ランディーでGSに。
簡単に満タンできました。

大学に行って、負けんな、福島!立ち上がろう、福島!!復興支援陸上教室の段取り作業。

昨日までの状況は
4/2:伊万里  4/3:筑後  4/4:松山 4/9:大館
今日は、4/2の午後:佐世保、4/4午後:新居浜、4/7午前:成蹊高、4/16鳥取、4/17米沢が決定しました。5会場増えて、合計9会場です。本当に感謝。

この他にも大勢の方が奔走し、各地で陸上教室開催のために各方面の方々と調整をして下さっています。
本当にありがとうございます。

負けんな!って、大勢の人に応援されていることを実感します。

福島民報の伊藤記者が、陸上教室の取材に。

読売新聞、スポーツ報知それぞれから電話取材。全国の皆さんに気持ちが届くと、うれしい!!

この大津波で自宅が流され、避難所生活を強いられている坂水からメールが届きました。

「家は跡形もない状態なのに、瓦礫の中からこれだけ発見されました。
クローゼットの奥のほうに入れていたのに、こんなこともあるんですね。
なんだかすごく勇気をもらいました。
沢山ある瓦礫も一つずつ片付ければ必ずきれいになる、という先生の言葉を胸に、絶対に頑張ります!」

坂水が探し出したスウェット(写真)の胸には「FUKUHSIMA UNIV. TRACK & FIELD 2000-2004」腕は「CHIE」大学を卒業する時の陸上競技部から贈られた卒業記念トレーナー(スウェット)です。
奇跡としか言いようがありません。
メールを読んで感涙。


●3月29日(火)

続々と、陸上教室が決定していきます。
全国の気持ちに感謝。
山形の佐藤孝夫先生から電話。
「先生がやるなら、いくらでも協力します」と31日の開催を決定していただきました。
でも・・・・31日って明後日ですよ!!
佐藤先生は「やれるだけしかできませんが・・・・31日が空いているなら、やらせて下さい」
本当にうれしい!
大変だと思います。が・・・・本当に手をつなぎあっている!実感が湧きます。
川本は、このことを感じたくて、この教室を始めたのかも知れません。

福島のガソリン問題は、少しずつですが、改善の兆しです。
朝は、自宅前まで車が並んでいます。
これは出勤前にお父さんたちが、給油ですね。
給油しないと、会社に行けない?きっとそうです。
少々会社に遅れても仕方なしとしましょう。

昨日、給油したGSの車列も短くなっていました。


●3月30日(水)

朝は、郵便局に行って、復興支援陸上教室の郵便口座の作成。
終わって、ラジオ福島に。
今日のテーマは、ポン・ピュン・ランの初級編と上級編。
ラジオ(音声)で、運動を表現するのは、大変でした。

お昼に大学に。
いろんなことが待っていましたが、少しずつやるしかありません。
目の前のことをひとつずつ片付けていきます。

黙って、ドンドン仕事を運んでくるメールによく文句を言っていますが、
今回は、メールが大活躍。
結構、便利ですね。見直しました。

石垣島から陸上教室のオファーが来ました。
メールには、「石垣島でやるより少しでも沢山の陸上教室を移動しやすい本土 にてやった方が良いのだろうか。と悩みました。」と遠慮がちに書いてありましたが、そんなことはありません。絶対行きます!!
また、幕別!からもオファーが来ています。
幕別って木田の出身地の帯広のすぐ近くです。
十勝ってひとくくりにしていいのかな?
ここも、行く方向で調整中。
これまで帯広には、仙台→札幌→帯広のコースだったのですが、
仙台空港は、まだ民間機は機能していません。
で、羽田空港から帯広直行となります。
ただ、今は新幹線が、東京〜那須塩原間のみの運行なので、那須塩原までは、車です。
たぶん、そこまで2時間近くかかりますね。
少し、時間的にロスが出るので、東京にるときに幕別に移動できればと考えています。
そのために時期が確定しませんが、必ず行きます。

今日までの福島復興支援陸上教室:3/31:山形、4/2:伊万里・佐世保、4/3:筑後・小郡、4/4:松山・新居浜、4/5:丸亀、4/6:神戸、4/7:成蹊高校・小平、4/8:秋田、4/9:大館、4/10:佐野・砧、4/16:米子・鳥取、4/17:米沢、18会場です。感謝!!


●3月31日(木)

午前中、大学に。
沖縄に行っていたOLたちが、昨日帰ってきて、次々に顔を出しました。
みんな元気そうで、安心。
練習を見ることができませんが、今は、陸上教室に専念します。
午前中、研究室でやるべきことを全部終了。
大学にも年休届けを出し終わりました。

お昼、二瓶先生をピックアップして、山形に。
ランディーの窓に「ありがとう山形!!」を張りました。
山形に入る少し前に雨が降り出しました。
しばらくすると、吹雪に!!!
悲しい気持ちになり、佐藤先生に電話。
「こちらは晴れていますよ!!」ひと安心。

あかねヶ丘に到着すると、生徒さんたちがもう募金活動を始めてくれていました。
参加者は250名余。
やりましょう!と決めてからわずか、2日ですよ。感激です。
隣人(県)愛を感じました。

山形在住の学生(長沢清佳、高橋舞、岡部ソフィ、佐藤青葉)も手伝いに来てくれました。
みんな元気そうで、安心しました。
先生!!って言ったときの笑顔に救われました。
ただ、学生たちも不安を抱えて、いることも分かりました。

開講式で、みんなで心の手をつなぐことのすばらしさを訴えました。
講習を受ける生徒さんたちも、今までの講習会とは少し雰囲気が違いました。
彼らの真摯な気持ちを表現できる文書力がなくて、歯がゆさがありますが、
本当に真摯という言葉がぴったりの受講態度でした。
中学生、高校生が半々くらいだったので、中学生を二瓶先生に任せて、
川本は高校生担当。
今回は、少し教え方を変えてみました。
いい感じで教えることができたと思います。
ただ、自分の体が全然動かない。
この災害で、いつの間にか体が縮こまっていました。

佐藤先生のそして参加したみなさんの「お隣の県の皆さんが困っているのに手をさしのべなくては・・・・」感謝
最後に感謝の言葉を述べて、「福島の子供たちには、東北大会では、言い訳なしでスタートラインにたって、正々堂々と勝負しようと伝えます」

山形放送、福島中央テレビ、山形新聞、日刊スポーツが取材に。

今日は、15時にナチュリルの廃部がリリースされました。
福島中央テレビは、須賀さんがハンディを持って取材に。
原発問題で、報道のエースはここに来ている場合ではないのに・・・・・ありがたいことです。
で、今回のことは、コメントだけと考えていたのですが、
須賀さんの取材に応じて、カメラの前でコメントを。
ナチュリルには、本当に感謝しています。
6年前、西田社長が、当時サントリーの主任研究員だった幹さんと大学にいらっしゃいました。
そこで、「陸上部を持ちます!!」と仰ってくださいました。
これまで、卒業生たちは、所属先を見つけるのが大変で、吉田などは、毎年といっていいくらい、所属先を変えていました。
この頃の強化費を支えてくれていたのが、福島陸協の強化費です。
当時は、二瓶、松本、吉田など福島出身者のチームだったので、それでよかったのですが、木田たちは、他県出身なので、強化費の捻出に苦慮していました。
お金がなかったので、坂水は京セラに!当然、手元に置いて育てたかったのですが、苦渋の選択でした。
合宿の前・後・途中で、講演に行って、講師料を強化費に充てたりもしていました。
それが、ナチュリルのお陰で一変しました。
卒業生たちの強化費を気にしなくて良くなりました。
その結実が、オリンピック出場です。
ナチュリルがなかったらオリンピックはなかっと断言できます。
ナチュリルがチームを手放すことは、残念ですが、今後もサプリメント:アスタキサンチンの提供などでご協力していただく予定です。

明日からは、チームごと東邦銀行に転籍することになりました。
地元福島が、名実共に拠点となったことで、念願の地域貢献がやりやすくなりました。
復興支援と共に陸上競技で福島に元気を届けたいと思います。
東邦銀行陸上競技部をよろしくお願いします。

地震・震災・原発の時の風評被害やチェーンメールもそうですが、不確かな情報を流すことほど迷惑なことはありません!
この半年、つくづく感じました。

東邦銀行転籍がリリースされた後の対応は、大変でした。
ただ、県民の皆さんの期待をひしひしと感じました。
最後に銀行の担当のKさんと電話を通して、ここまで漕ぎ着けることができた感激を共有しました。
共に感涙。

また、がんばります。



●「ピカイチ合宿」/「里帰り合宿」ですが・・・残念ながら中止します。
 せっかく申し込んでいただいたみなさん、ごめんなさい!